アナクロニズム  anachronism


註疏

*1

プロローグでひと言觸れただけなので、詳しく語ったものは、ジョルジュ・シャルボニエ『ボルヘスとの対話』「 新しい文学ジャンル鼓直+野谷文昭譯、国書刊行会、一九七八年十一月、p.124以下參照。フネスの物語を書いたのは、實際に不眠症に苦しめられてゐたのでそれから逃れようとしてだ、とボルヘスは言ふ。

それは不眠症の、忘却に身をゆだねることの困難ないし不可能性の、いわば隠喩です。というのも、眠ることはすなわち、忘却に身をゆだねることだからです。己れの自己同一性、己れの置かれている状況を忘れること。フネスにはこれができなかった。結局そのために、苦悶しながら息絶えた。

『ボルヘスとの対話』p.127

眠ることは忘れること……確かに。とはいへ、夢も見ずに熟睡する限りで、と但し書きを添へずばなるまい。夢、殊に惡夢では忌はしい記憶が反芻され、眠ってゐる間も己が過去に魘されようから。夢もまたボルヘス愛用のモティーフではあったが、とすると、我を忘れさせてくれる夢こそが求められる夢である筈だ。或いは過去でなく、夢とは「將來の夢」の意味であればよいのか。いっそ豫知夢とか夢占ひとか。ミシェル・フーコーは處女作「ビンスワンガー『夢と実存』への序論」(『ミシェル・フーコー思考集成  1954-1963 狂気/精神分析/精神医学筑摩書房、一九九八年十一月所收)で、かう斷じた。

夢のもつ本質的な点は、それが過去を再生することのうちにではなく、未来を予告することのうちにある。[……]それはトラウマとなった過去の強迫的反復であるよりも、むしろ歴史の予示なのである。

このくだりを引いて神崎繁は、「過去志向的なフロイトの夢解釈の理論とあえて対比することで、未来志向的な理解の方向性を強調する」ものだと評してゐる(『フーコー 他のように考え、そして生きるために〈シリーズ・哲学のエッセンス〉NHK出版、二〇〇六年三月、p.102)。考へさせられる指摘だ。――なほ、引用されたフーコーの文中「歴史」とある箇所は、荻野恒一・中村昇・小須田健譯『夢と実存』「序論」(みすず書房、一九九二年七月、p.71)では「生活史」と譯されてゐて、精神醫學の文脈ではその方が適切だらう。精神鑑定書だったら「生活歴」だ。

續けてフーコーは、「夢の構成契機になるのは、時間を通じて生成する実存、未来へ向かうその運動のうちにある実存以外にはありえないのだ。夢はすでにして、生成しつつあるこの未来であり」云々と述べてゐる。確かに、現に夢を見てゐる主體にとってそれは生起しつつあるものだらうから、「過去の生活史が疑似的に客観化されたにすぎない主体」では「ありえない」だらう。が、異議あり。夢といふものは、その最中は眠ってゐるのだから覺醒後に想起されるものでしかない。したがって、單に過去の體驗が夢に見られることがあるといふ以上に、もっと根本から、夢とは意識にとって過去のものではないか。それが、再現といふより想起に伴っていま構成されつつある過去なのだとしても(大森荘蔵流の時間論)、その限りで現存在やら實存やらに屬するにしても(實存主義式の投企)、やはり作業が後向きであることは否めない。どうしてそれを未來向きの前方投射に轉じられるのだらうか。夢を豫兆と信ずる古代人、晩年にフーコーが論じた『夢判斷』の著者アルテミドロスの如き感性の持ち主にならば、できるのか……? どうもこの邊、夢なんか見ない、イヤ見るのかもしれないが起きたらサッパリ想ひ出せず忘れてしまってゐる、さういふ散文的な現代人にとっては解りかねる。時間論の哲學に深入りすると寢覺めが惡くなりさうだから止めておく。

*2

入手しやすいのは、中村健二譯「カフカとその先駆者たち」『異端審問晶文社、一九八二年五月、p.162→『続審問〈岩波文庫〉二〇〇九年七月、p.192。但し英譯版からの重譯である。ほか、土岐恒二譯「カフカとその先駆者たち中央公論社』一九七四年七月號、p.230。藤川芳朗譯「カフカと彼の先駆者たち城山良彦・川村二郎編『カフカ論集国文社、一九七五年二月、p.279(目次でのみ「ルヘ・ルイス・ボルヘス」と誤記)。

引用したこの箇所にボルヘスは註を附してゐる。T・S・エリオット著“Points of View”(1941)pp.25-26.を見よ、と。具體的には、有名な「傳統と個人の才能」(一九一九年初出)の次の部分に當る(cf. Alice E.H. Petersen, ‘Borges's "Ulrike"- Signature of a literary life, Studies in Short Fiction, vol.33 no.3, 1996 Summer)。吉田健一譯で引いておく。

一つの新しい芸術作品が創造された時に起ることは、それ以前にあった芸術作品のすべてにも、同時に起る。すでに存在している幾多の芸術作品はそれだけで、一つの抽象的な秩序をなしているのであり、それが新しい(本当の意味で新しい)芸術作品がその中に置かれることによって変更される。この秩序は、新しい芸術作品が現われる前にすでに出来上っているので、それで新しいものが入って来た後も秩序が破れずにいる為には、それまでの秩序全体ヽヽがほんの少しばかりでも改められ、全体に対する一つ一つの芸術作品の関係や、比率や、価値などが修正されなければならないのであり、それが、古いものと新しいものとの相互間の順応ということなのである。そしてこの秩序の観念、このヨーロッパ文学、及び英国の文学というものの形態を認めるならば、現在が過去に倣うのと同様に過去が現在によって変更されるのを別に不思議に思うことはない。しかしこれを理解した詩人は多くの困難と、大きな責任を感じなければならないことになる。

吉田健一譯「伝統と個人的な才能」『エリオット選集 第一巻』彌生書房、一九五九年三月、p.12

譯文中「不思議に」は原語preposterous、前後顛倒が文字通りの意味。ほか矢本貞幹譯「伝統と個人の才能」(『文芸批評論』〈岩波文庫〉一九三八年五月→一九六二年九月改版p.10)、深瀬基寛譯(『エリオット全集 5 文化論中央公論社、一九六〇年八月→改訂・三版、一九七六年二月pp.7-8)等と對照のこと。ここにソシュール式な共時的體系の構造論を聯想したくなるのは、構造主義以後の讀者としては無理ならぬところ(例、加藤文彦『相互テクスト性の諸相――ペイター/ワイルド/イェイツ/エリオットの「常に既に」』国書刊行会、二〇〇〇年七月、p.73以下)。兎まれこれにより、謂はゆる「傳統の發明 invention of tradition」の論は歸化英國人エリオットに萌芽し、アルゼンチン人ボルヘスが文學作品の具體例に即しつつその逆説性を高めて再提唱した、と系統づけられよう――いや、或いはこれもまた「創られた傳統」であるのかしれない……。加上説(富永仲基)としての「ボルヘスとその先驅者たち」。

*3

ジェラール・ジュネット/和泉涼一譯「文学のユートピア」花輪光監譯『フィギュール書肆風の薔薇、一九九一年六月、p.155。底本を記してないがより初出に近い異文と思はれるのは、G・ジュネット/倉沢充夫譯「ボルヘスの批評牛島信明・鼓直・土岐恒二・鈴木宏編集『même/borges』〔季刊même第二號、一九七五・夏〕エディシオン エパーヴ、一九七五年七月。ジュネットの批評文が文學理論で謂ふ所の間テクスト性につながるのは容易に看て取れよう。分類魔であるジュネット自身は「超テクスト性 transtextualité」その他の造語で呼び換へてゆくけれど(和泉涼一譯『パランプセスト 第二次の文学叢書 記号学的実践〉水声社、一九九五年八月)。間テクスト性とは、從來の出典・源泉・影響關係等をカッコよく言ひ換へただけの代物でなく、クロノロジカル(年代記的)な順序を解體する概念としてこそ意義がある(土田知則『間テクスト性の戦略』〈NATSUME哲学の学校夏目書房、二〇〇〇年五月、pp.63-66・105-116)。讀解におけるアナクロニズムもそこに關はり、共時態といふものが現時の横斷面であるだけでなくそこに過去をも含む厚みがあることが考慮されよう。しかし術語を振り回すまでもなく、えせ學者流(pseudo-scholarship)にならぬ普通の讀者階級にあっては文學史に拘泥せず新舊先後を共存させた讀み方が常識であることは、夙にE・M・フォースター『小説の諸相』(原著一九二七年刊。田中西二郎譯、〈新潮文庫〉一九五八年十月、pp.15-16)が序説でまづ前提に据ゑた所であった。時間は敵だ、むしろ新舊の作家が一堂に會して同時に書いてゐる所を想ひ描く、云々。但し、常識論に眼を開かせるには逆説を以て説かねばなるまい――G・K・チェスタトンのやうに。ニーチェ亦曰く、「眞の歴史家は衆人周知のことを未聞のことに鑄直して一般的なことをあまりに單純且つ深長に告知する力を持たねばならぬ、ために世人がその深さを通して單純さをまたその單純さを通して深さを見霽かすほどに」(「生に對する歴史の利害」、前掲『反時代的考察 ニーチェ全集4p.180該當。須藤訓任『ニーチェの歴史思想――物語・発生史・系譜学――「第二章 問題群としての生に対する歴史の利と害について大阪大学出版会、二〇一一年十二月、p.91所引の譯文も參考に私譯)。

*4

例へば、一九八〇年代半ばに『文章教室』の作家が吐いた皮肉を想起してもいい。「文学というものは、今時、流行遅れのものだし、流行遅れのことをやっている人間たちが――反時代的、などと言えば賞めすぎになる――何も知らないからと言って、驚くにはあたいしない」(金井美恵子私はその名前を、知らない」『Studio Voice別冊'85 勉強堂流行通信、一九八五年七月、pp.459-460。金井の單行本に未收録か)。既に十九世紀以來ずっと、時代の叛逆兒であることは却って天才の證、青年やら藝術家やらにとって名譽であった(例、ヴィリエ・ド・リラダンとか)。侮蔑や自卑の響きを取り戻さぬ限り、最早「反時代的」といふ言葉は賞味期限切れである。いまの時代、下記の如き惹句を空々しく感じられない者が『反時代的考察』を熱心に讀むとしたら、惡い冗談といふものだ。曰く、「反時代的とは何か。時代に背を向けているだけの冷淡な反対的態度ではなく、積極果敢な時代批判を通して未来を指向する精神。これがニーチェにおける最も美しい〈反時代的〉という意味である。[……]すべての青年たちに捧げられた青年の哲学」(『ニーチェ全集4』ジャケット裏)。――對してのちの中年ニーチェは、更に己が反時代性をも克服せよと勸説した。即ち、差し當たり「超克」するのは自分自身の時代をだが、のみならず「この時代に對してのヽヽヽヽその今までの反感や反抗をも、この時代ゆゑのヽヽヽその苦惱、その時代不適合(Zeit-Ungemäßheit)、そのロマン主義をも……」と(『悦ばしき知識』三八〇信太正三譯『悦ばしき知識 ニーチェ全集8』〈ちくま学芸文庫〉一九九三年七月、p.452該當)。

*5

「先」の語史について詳しくは、勝俣鎭夫バック トゥ ザ フューチュアー――過去と向き合うということ――日本歴史学会『日本歴史』二〇〇七年一月號新年特集号 日本史のことば」吉川弘文館→『中世社会の基層をさぐる山川出版社、二〇一一年九月、參照。サキといふ言葉の未來を示す用法は十六世紀以降に見られる新しい派生語意であり、元々中世までは時間上で過去を指す語だったことが考證されてゐる。よって、有名な土一揆の史料である柳生徳政碑文「正長元(一四二八)年ヨリサキ者(先は)カンヘ(神戸)四カンカウ(四箇郷)ヲヰメ(負目)アルヘカラス」の冒頭が正長以後の意とされるのは現代の語感が先入觀となった誤讀であり正長元年以前と解釋すべきだ、と。さらに、ヴァレリーの文句も引きながら、時間における過去を空間における前方に對應させ未來を後方に對應させる表現は日本以外でも古代ギリシアやアフリカ・南米等の諸言語にもあることが論及されてをり、さうした過去現在を眼前にして未來を背にする時間認識の方向性を轉回したものとして、進路を見つめ未來を志向する西歐近代式の歴史意識が對照されるところ、示唆に富む。

また言語學の阿部宏は次のやうに整理する。「空間概念の時間化について、主体は不動でその前を各事件が川の流れのようにつぎつぎに流れ去っていくイメージ(事件移動)でとらえられる場合と、主体が時間という一本道を自ら前へ前へと進んでいくイメージ(主体移動)でとらえられる場合と、主として二つの概念化がおこることが一般的に指摘されている。

やはり空間概念が時間化された「さき」にも、以下のように過去と未来の正反対の用法が存在する。「さき」の場合は、「先端」→「空間的な前方」→「時間」であるが、事件移動のイメージでは、すでに流れ去って流れの前方にあるのが「さき(=過去)」で、主体移動のイメージでは、主体の前方の地点が「さき(=未来)」ということになり、「あと」とはちょうど対称的な関係になる。

さきヽヽ(=過去)にお話しした件ですが……」/「それは、まださきヽヽ(=未来)のことだ」

「比較文法を批判してソシュールが考えたこと」岩波書店『思想』二〇〇七年第一一號「ソシュール生誕一五〇年」p.60
*6

ジュネットも言ふ、「時代錯誤アナクロニスムというのもまた、先説法プロレプス――過去から現在への目配せであってその逆ではない――の中でしかほとんど味わいをもたないのだ。そこで、むしろこれは、プロクロニスムヽヽヽヽヽヽヽprochronismeと呼ぶべきであろう」(『パランプセスト』「第六十二章 近接化」前掲邦譯p.525)。斯くて文學技法上「過去混入」は未來混入(prochronisme)ほど用ゐられないものながら、「タイムマシーンの構想」がこれに該當すると『レトリック事典』(p.550)は見てゐる。それはよいのだが、航時機は過去未來の雙方向に移動できるもの。したがって、具體的な作例として半村良戦国自衛隊』を擧げてゐるのは却って混亂させる説明で、いただけない。あれは、もし現代の兵器がタイムスリップで遡って戰國時代に持ち込まれたらばといふ思考實驗である。「もはや存在しなくなった要素を持ちこむこと」といふ過去混入の定義に反するではないか。それだから「ただし、その記述を、戦国時代を基調として読めば、《未来混入》と見なされる」などと混ぜっ返したことを述べなくてはならぬ破目に陷るのだ。時間SFなら、過去への遡行ではなく、過去の方から現代や未來へとやって來るものこそが適例である。或いは、「アナクロニズムの一種」とされる「二重時間(double timing)」もの(本文前掲『最新 文学批評用語辞典』p.200參照)で、過去を物語るサブプロットが現在進行するメイン・ストーリーの上に覆ひ重なってくるやうな作品(伏線の回收とはちょっと違ふ)が、相應しからう。想ひ浮びにくいか知れぬが例へば、前世の記憶が現在の意識に蘇って來てオーバーラップするやうな内面描寫のあるもの、金子光晴「心猿」(『風流尸解記』〈講談社文芸文庫〉一九九〇年九月所收)が當て嵌まらないか。自分を孫悟空の生まれ變はりと思ってゐる男の混線した二重意識に妙味がある幻想小説で、あの延長上に〈過去混入〉文學が可能であらう。

*7

第3章 分身たち――第二部」中「4 復讐からの救済」參照。これは同書第1章p.42以下で「『反時代的考察』という標題に籠められた「反時代性アナクロニズム」という歴史感覚のありよう」を述べた所と照應してゐる。但しそのツァラトゥストラにおける反時代性=アナクロニズムは、「断片を未来の予感として捉え、偶然ヽヽである現在と過去とを未来によって必然ヽヽへと変換していく」(p.215)のであり、「過去と現在を未来からの眼差しによって眺め、未来によって現在と過去を是認するといった循環」(p.216)を成すとされる。ニーチェ讀解としてはそれでよいのだらう。が、後向きなアナクロニズムの徒としては未來はもう澤山である。一體、「後向きに欲する」といふのに、どうしてそんなに未來へ未來へと前向きになれるのか。それが現在に繋留するだけならまだしも……飛躍した方向轉回に、超人ならぬ凡夫にはついてゆけない。恐らく、後向きであることよりも欲することを、向きはどうあれ志向性を持ち意志あることを、重んじてゐるのだらう。「人間は何も欲しないヽヽよりは、いっそむしろを欲する」(『道徳の系譜學』第三論文冒頭及び末尾。信太正三譯『善悪の彼岸 道徳の系譜 ニーチェ全集11』〈ちくま学芸文庫〉一九九三年八月、p.485・584該當)、と。これまた意志薄弱の身には悟り難い境地ではある。きっと超人には、欲しないことができないのだらう。古來「〜でないことができない」(否定の不可能)とは必然性、「〜でないことができる」(否定の可能)とは偶然性の定義であるからして(アリストテレス、ライプニッツ、九鬼周造ら)。偶然を必然と化すには禁欲する能力を無くさないといけないらしい。……ジョルジョ・アガンベンのニーチェ批判。ツァラトゥストラは「意志に対して後ろ向きに欲すること zurückwollenを教え、あらゆるそれはそのようであった」を私はそのように欲したに変えることを教える」とされるが、「復讐精神を除去することだけに気を配っていたニーチェは、存在しなかったものや、他のしかたでありえたものの発する嘆きの声を完全に忘却している」(バートルビー 偶然性について高桑和巳譯、月曜社、二〇〇五年七月、p.76)。

なほ、ニーチェの「反時代性」を「アナクロニスム」論につなげるものに、ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『残存するイメージ アビ・ヴァールブルクによる美術史と幽霊たちの時間』(竹内孝宏・水野千依譯、人文書院、二〇〇五年十二月、pp.36-37・178-179・338)があり、「生成の可塑性と歴史のなかの断層」の章で『反時代的考察』第二篇も扱ってゐた。反時代性そのものは觸れる程度だが、歴史のアナクロニズム化といふ著者の持論が窺へる所は興味あるもの。

*8

文獻學と歴史學とは對象も方法も重なるし(例へば、中島文雄『英語学とは何か』「3 フィロロギーと歴史」〈講談社学術文庫〉一九九一年五月、を見よ)、事實ニーチェにあっても併稱されるが(『道徳の系譜學』「序」三、第一論文註)、しかしながら、對立させられるものでもあることは留意しなくてはなるまい。この對立にはニーチェコントラブルクハルトといふ風に人名を代入でき、バーゼル大學の同僚であった兩者にはニーチェのブルクハルトへの敬愛の念にも拘らず相容れない面があったのだが、單に性格の不一致や人間關係に還元するより、職務であり專攻である學問分野ディシプリンの差異であったことを見た方が意義深い。カール・レーヴィット『ヤーコプ・ブルクハルト 歴史のなかの人間』(西尾幹二・瀧内槇雄譯、〈ちくま学芸文庫〉一九九四年八月)は「第一章 ブルクハルトとニーチェ」に始まり、ニーチェの提出した疑問にブルクハルトに代ってその著作の讀解を以て答へるものである。また斎藤忍随「ニーチェとクラッスィッシェ・フィロロギー」「フィロローグ・ニーチェ――ニーチェ・コントラ・ブルックハルト――(『幾度もソクラテスの名を みすず書房、一九八六年十一月)も參考になる。一九五〇年代に書かれた斎藤忍随の二論文は、頻りと洋語を插入して述べられるのに難澁するものの(舊制高校でドイツ語をやったやうな哲學青年世代にはあれがよいのだらうか?)、語學知識を埋めれば、やや古臭いが讀ませるエッセイである。就中、古典文獻學者としての理念からニーチェが古代(但しローマでなくギリシア、しかもソクラテス以前)といふ特定の時代に價値を認めたことを指摘されると、ニーチェの言ふ「古代」は過去の時代どれにでも置き換へ可能なものではないことになる。とはいへ、西洋人にとってこそ古典古代は重要だらうが、極東の讀書子にはニーチェやハイデッガーに追從してヘラス精神に拘泥すべき義理は無い。ニーチェの場合も、キリスト教時代でなく、近代人文主義(殊にドイツのギムナジウム教育)に模範とされてきたヘレニズムでもない、さういふ現代との異質性に着目しての時代選擇と見るならば、斷層や不連續を認められる差異ある過去の歴史であれば特定の時代に限らなくてよいのでないかとも思ふ。「古典」を冠さない近代的な文獻學(や歴史學)の不信心な立場だと、さうなる。「古典的古代も一つの任意な古代になり果て、もはや古典的、模範的に作用してゐない」(「教育者としてのショーペンハウアー」、前掲『反時代的考察 ニーチェ全集4』p.346該當)。それなら、歴史といふ時間ではなく空間上の他者によって、つまり文化人類學が盛んにやった風な自文化の相對化でもいいのかといふことも疑問になるが……アナクロニズムの覺え書きでanachorism(土地錯誤)まで論ずるのは正しく「場違ひ」もいいところだらう、棚上げにしておく。ご關心の向きは、人類學との認識論的な同型性から「異文化としての過去」を説く佐藤健二歴史社会学の作法 戦後社会科学批判』「第1章 社会学における歴史性の構築」(〈現代社会学選書〉岩波書店、二〇〇一年八月)にでも就かれたい。

なほ、レーヴィットの「ブルクハルト對ニーチェ」といふ問題設定については實證以前の豫斷に過ぎないといふ批判もあるものの(浅井真男「ブルクハルトとニーチェ」『史境』第一號、歴史人類学会(筑波大學)、一九八〇年九月)、齋藤忍隨を併讀するとやはり兩者の相違における對比は有意義に思はれる。

*9

以下など見よ。「結果であるものを原因ととることによって」……「原因と結果をとりちがえる」……『人間的、あまりに人間的な』三九・六〇八。「哲学者に関する著作のための準備草案」中「一 一八七二年秋および冬から」『哲学者の書 ニーチェ全集3ちくま学芸文庫版pp.308-311。詳しく論じたのは『偶像の黄昏』中「四大誤謬」の章。……他に?

かうしたニーチェによる因果性批判を、柄谷行人は「遠近法的倒錯」といふ呼び名で弘めたものだ。早くは『日本近代文学の起源』の「 風景の発見」(初刊一九八〇年八月、講談社文芸文庫版p.45)にニーチェが言ったとしてこの語が持ち出されてゐるが、『内省と遡行』の標題論文中「序説」(一九八五年初刊、講談社学術文庫版p.11)で「ニーチェのいう結果を原因とみなす遠近法的倒錯」といふ風に特に因果顛倒のこととして述べられ、『探究』「第九章 超越論的動機」(一九八九年六月初刊、講談社学術文庫版pp.220-221)では「系譜学的であることは、結果であるものを原因とみなす認識の遠近法的倒錯をえぐり出すこと」と説かれる。また「そのことを最初にいったのは」スピノザであるとして、『エチカ』からの引用を掲げてゐる(同前pp.225-226)。ところでしかし、引用符で括られてゐるが「遠近法的倒錯」といふそのものズバリの言葉はニーチェに見當らない。「結果の代りに由來。なんといふ遠近法の反轉!」(『善惡の彼岸』三二信太正三譯『善悪の彼岸 道徳の系譜 ニーチェ全集11』〈ちくま学芸文庫〉一九九三年八月、p.68該當)といふ箇所で、どうだ? だが、このUmkehrung der Perspektiveを遠近法的倒錯と譯した邦文があったのかどうか、あっても果して適譯か。第一これは「結果を原因とみなす」のでなく逆、由來(Herkunft)を結果(Folgen)の代替にしてゐる。ニーチェ全集を繙くと、結果を原因と見做す遡及方向の逆轉でなく原因を結果と捉へる向きの誤謬を論じた箇所も散見する。例へば、「年代記的逆転」のため「原因があとになって結果として意識される」ことを述べ、さうした誤認を「文献学の欠如」と名づけた遺稿……尤もその斷章中では「結果がおこってしまったあとで、原因が空想される」とも説き、何やら循環端無きが如しであるが(『權力への意志』四七九、原佑譯『権力への意志 下 ニーチェ全集13〈ちくま学芸文庫〉一九九三年十二月)。柄谷の引例にあるスピノザも「目的論は、実は原因であるものを結果と見なし、反対に〈結果であるものを原因〉と見なす」と雙方向で論じてゐた。それにニーチェの場合、原因・結果といふ單語でなく「意圖」や「目的」といふ概念を俎上に載せた所が多いかも。といふことで、「遠近法的倒錯」といふ成句、特にその意味を結果を原因に代入する方向に限るのは、ニーチェでなくそれを發想源とした柄谷行人の創意に歸する方が良ささうだ。實際遠近法パースペクティブと言ふよりもはや、遡行的レトロスペクティブな視線ではある。

*10

三島憲一「初期ニーチェの学問批判について――ニーチェと古典文献学氷上英廣編『ニーチェとその周辺朝日出版社、一九七二年五月→三島憲一『ニーチェとその影 芸術と批判のあいだ』未来社、一九九〇年三月→増補『ニーチェとその影』〈講談社学術文庫〉一九九七年九月、p.20。曰く、「しかし、何か不動なもの、時間の流れにかかわらず確固として不動なものによって自己を測るというだけでは、なにほどのこともなかろう。[……]偉大な過去によって現在を理解し、未来の指針を探ろうとするのは、ごく自然なことであろう。というよりも、正確にはまさにそれが市民社会における文化的正統性の追求にいわばつきものの営みであった」。むしろさういふ正統性を懷疑したのがニーチェであり、なぜなら規準となる過去といふのも現在から理解した像に過ぎないからで……と三島は讀んだ。誤解ではないものの、的を逸れてないか。問題となる文獻學的アンチノミーの文の流れは逆であった。三島譯ではかうだ、「事実問題として人は古代をいつも現代からのみ理解して来たのである。――そして今度は古代から現代を理解しろというのだろうか」(前掲p.19)。語調は變へられたが、まづ現代からの理解を前提に擧げそれに對し古代からの理解を要請するといふ順序は搖るがない。ムザリオン版でなくグロイター版全集に基づく別譯でも同樣、「実際は、つねにただ現代を基準として古代がヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ理解されてきた――そして今は、古代を基準ヽヽヽヽヽとして現代が(ヽヽヽヽヽヽ)理解されなければならない? だとすると、これは文献学のアンティノミーだ」(谷本慎介「遺された断想 一八七五年初頭―七六年春3[六二]『ニーチェ全集 第五巻(第期)白水社、一九八〇年八月、p.140)。古代に基づくことが求められなくては前段で述べた所にも合致せず、文獻學の課題とやらも永遠でなくなってしまふ。續く後段も、現在からのその理解が貧弱な基盤しか持たぬことを暴くものだった。されば對案「古代から現在を」が「ごく自然」で陳腐に思へるにしても、ならばまづはそれが自明な常識論に納まらなくなるやうな讀み方も探ってみるがよからうと思った次第。この草稿の時點でまだそれはニーチェ本人にも十分考へ詰められてなかったらうが、後代の讀者には著者の不備を補って讀解してゆく權利(いや義務か?)が與へられてゐる。

なほ、ニーチェ前後のドイツにおける文獻學については西尾幹二『ニーチェ 第二部』(中央公論社、一九七七年六月→〈ちくま学芸文庫〉二〇〇一年五月)も調べてゐるが、むしろそこで擧げられ斎藤忍随も依據してゐたヴェルナー・イェーガー「文獻學と歴史學」に食指が動く。

*11

解釋學派からは異論もあらうが、ジークフリート・クラカウアーがH・G・ガダマー真理と方法 哲学的解釈学の要綱』(轡田収ほか譯、〈叢書・ウニベルシタス〉法政大学出版局・一九八六年八月/・二〇〇八年三月)を批判した言は當ってないか。

かれは真理判断の試金石を外部に求めずに、歴史の連続性を聖別し、アクチュアルな伝統を聖化する。だがこのやり方では歴史は狭い閉鎖的体系になり、ヘーゲルの金言「現実的なものは理性的である」と同様に、見失われた原因や実現されなかった可能性を閉め出してしまう。成功のストーリーとしての歴史――ブルクハルトだったら現代の解釈学の基礎にあるこれらの命題を、決して承認しなかったであろう。

平井正譯『歴史 永遠のユダヤ人の鏡像』せりか書房、一九七七年九月、p.264

これは、歴史主義問題とその從來の解決案を檢討した中での評である。クラカウアー自身は、檢討した超越論的ならびに内在論的解決(ガダマーも後者)のいづれとも異なる命題に移行すると告げ、兩解決法は二者擇一でなく竝存に代るべきなのだと言ふ。

わたしの命題の立場から見ると、哲学的真理は二重の様相を持っている。超時間的なものは時間性の痕跡を免れ得ず、時間的なものは超時間的なものを完全には包摂しない。われわれはむしろ真理のこの両様相が並行して存在し、わたしが理論的には定義できないと考えるようなやり方で、相互に関係づけられていると仮定する他はない。それに近い類例は量子物理学の「相補性問題」に見いだし得るであろう。

同前p.266

理論で定義できないやり方と言ひ、「タクト」(p.272)と云はれても、勘の鈍い人間には呑み込みかねるが、とにかくも、「歴史の領域における思考作用を制約しているアンチノミー」(p.273)を一律一元に解消しようとしなかった所がクラカウアーの取り柄だらう(よしそれゆゑに完成できず遺稿出版となったにせよ――ちなみに編者はP・O・クリステラーだ)。この二重樣相はフーコーなら、奇妙な經驗的=超越論的二重體である〈人間〉、と言ふ所だらうか(『言葉と物』第九章四參照)。

*12

佐藤信夫企劃・構成/佐々木健一監修『レトリック事典』「1-7-1-2 《交差呼応》」(大修館書店、二〇〇六年十一月、p.106)參照。これは形式上から見た場合の分類で、内容から見ると意味論上の矛盾を利用した撞着語法オクシモロン(同前「3-12 対義結合」參照)にも當る。またNamier原文ではこの前に‘One would expect people to remember the past and to imagine the future.’と述べた上で覆した文なので、パラグラフ全體からすれば交叉配列キアスム(同前「1-5-1 交差並行」參照)を成すとも見られよう。修辭學上の分類を定めるのが問題なのではない、同類の表現法を知ることで語句の働きが理會できる筈だ。

技法と別に文法の相から語彙を分析すれば、ギルバート・ライル『心の概念』(坂本百大・井上治子・服部裕幸譯、みすず書房、一九八七年十一月)に倣って、「想起する/想ひ出す remember」は達成動詞(achievement verbs/到達動詞)、「想像する/想ひ描く imagine」は仕事動詞(task verbs/從事動詞)として對比する手がある。仕事動詞が單に遂行自體を表はし成否を問はぬのに對して達成動詞はその行爲の結果・成果までを含意するもの、從って、心内だけに終始してもよい「想像する」と違ひ「想起する」は心の動きが志向先に首尾良く到達してゐなくてはならない。實際「Aを想起したが、想起が外れた」とは言へまい、それは想起になってないと言ふべきだらう。想起對象Aが存在しなくては想起の成立條件が滿たせない、想起される目的語(對象)の現實性が動詞の意味・文法上から要請される、といふわけ。この動詞區分を應用した時間論の哲學として、中島義道『時間論』「第六章 幻想としての未来」〈ちくま学芸文庫〉筑摩書房、二〇〇二年二月、pp.216-217)及びその精解である入不二基義『哲学の誤読――入試現代文で哲学する!(〈ちくま新書〉筑摩書房、二〇〇七年十二月、第三章p.182以下)參照。特に入不二著は第二章が本文前掲の永井均「解釈学・系譜学・考古学」の解説でもあり、參考になる。

なほ、このネイミアの逆理をイギリス史研究者近藤和彦は「過去に想像力をはたらかせ、未来を忘れない(imagine the past and remenber the future)」と譯してをり(近藤『文明の表象 英国』「序」山川出版社、一九九八年六月、p.24)、日本語としてはこの「忘れない」の方が自然かも。これを含む節は「2 過去を想像し、未来を忘れない」と題されてもゐる。但し、そこに附された註38には「カーの引用するネイミアの言」とあって、原文脈を見ない孫引きのやうである。しかもその引用の前後や、同書「結」での「わたしたちはヴァレリとともに、後ずさりしながら未来に入ってゆく」(p.232)と述べる邊りを見ても、この語をE・H・カーに寄り添ってあまりに前向きな未來志向に捉へてゐる。「ネイミアの生涯と歴史学 デラシネのイギリス史」(近藤ほか編『歴史と社会 11 英国をみる 歴史と社会』リブロポート、一九九一年一月)にてネイミアを保守主義の歴史研究と結論した近藤にして、ネイミアを進歩主義擬きにしてしまって怪しまぬとは――それほどにも前進偏向のしがらみは脱し難いのか。

*13

ここに原注312が附されてゐるが、311と參照先の指示が入れ違ってゐるやうだ。即ち312で「『反時代的考察』第三篇教育者としてのショーペンハウアー、三、四」を指示するが、311が仝「生に対する歴史の利害について、緒言」を擧げてゐ、註が附いた箇所の本文内容と合せるには入れ替へねばならない。先行の足立和浩譯『ニーチェと哲学』(国文社、一九七四年八月)も見るに、同書p.160に附された第三章原註(90)に該當するが、やはり(89)と指示内容が前後してゐる。すると誤りは原書からか。しかし邦譯者二人ともニーチェ全集との照合くらゐしたらうに、なぜ註記もせず間違ひのまま引き寫してあるのやら解せない。

なほ、「權力への意志」とニーチェが言ふその權力(乃至は力、ドイツ語でMacht)を河出文庫版で「力能」と譯すが、フランス語puissanceに哲學用語で可能態の意味があるのを含ませたと見える。さういふ態、樣相モダリティー論の哲學については、潛勢態を論じたジョルジョ・アガンベンバートルビー 偶然性について、特に標題論文「三・二」(前掲p.58)以下が參考にならう。少なくともドゥルーズの口寄せめいたニーチェ語りのやうには理解に苦しまされない。

*14

嚴密にはドゥルーズの用語法では、可能性とは實現した現在をもとに事後になって逆算された遡及的な幻影でしかないと否定したベルクソンを踏まへ、可能性/實在性(possible/réel)といふ對概念と潛在性/現實性(virtuel/actuel)とが區別されるのだが、餘りにややこしくなるので詮議はお預けにせざるを得ない。詳しくは、ジル・ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』宇波彰譯、〈叢書・ウニベルシタス〉法政大学出版局、一九七四年六月)第二章p.40・第五章p.107以下=『ベルクソニズム 〈新訳〉』(檜垣立哉・小林卓也譯、〈叢書・ウニベルシタス〉法政大学出版局、二〇一七年七月)第二章p.41・第五章p.108以下、參照。――そもベルクソンの可能性論は、「回顧性の錯覚」といふ稱でウラジミール・ジャンケレヴィッチによって特に取り立てられて主題化した經緯があり(阿部一智・桑田禮彰譯『増補新版 アンリ・ベルクソン』新評論、一九九七年一月、序論p.9・第5章p.253・第6章p.293以下)、その「前未来」時制を「諸々の時代錯誤ヽヽヽヽanachronisme)の原型そのもの」(第1章p.33)とも呼ぶ所など目を惹かれるが、當のベルクソン自身の文に即すと、第一主著の第三章で分岐路の圖を掲げた前後に萌芽が見られ(合田正人・平井靖史譯『意識に直接与えられたものについての試論――時間と自由』〈ちくま学芸文庫〉二〇〇二年六月、pp.193-203)、第四主著『道徳と宗教の二つの源泉』の二つの節(森口美都男譯、澤瀉久敬責任編輯『世界の名著 53 ベルクソン』中央公論社、一九六九年三月、第一章「正義」p.285・第四章「機械化と神秘精神」p.530→『ベルクソン 世界の名著64』〈中公バックス〉一九七九年一月)に觸れられ、本格的には晩年の論文集『思想と動くもの』中「緒論(第一部)」及び第三論文(河野与一譯・木田元改訂「可能性と事象性」『思想と動くもの』〈岩波文庫〉一九九八年九月/矢内原伊作譯「可能と現実」『ベルグソン全集 7 思想と動くもの』白水社、一九六五年九月/宇波彰譯「可能的なものと実在的なもの」『思考と運動 (上)』〈レグルス文庫〉第三文明社、二〇〇〇年九月/原章二譯「可能と現実」『思考と動き』〈平凡社ライブラリー〉二〇一三年四月/竹内信夫譯「可能的なものと現実的なもの」『思考と動くもの 新訳ベルクソン全集』白水社、二〇一七年六月)に可能性批判が開陳されるも、併せて潛在性を論辨する所無し。「実をいえば、ベルクソン自身の諸論考においては、この潜在性という観念そのものに対して積極的に焦点が当てられたことはないのであり」(神山薫「ベルクソン哲学における潜在性の観念について」一橋大学一橋学会『一橋論叢』第一三四卷第三號=二〇〇五年九月號、日本評論社、p.458)、潛在性をテーマ系(thématique)として見出すには主要概念に附隨する陰伏的モティーフ(motif implicite)を拾ひ集めねばなるまいが、まづ第一主著は「潜在的」=virtuelle/virtuellementが僅か四箇所で輕く用ゐられるに留まり(前掲『意識に直接与えられたものについての試論――時間と自由』p.15・24・99・225)まだしも「力能」と譯されるpuissanceの方が「アリストテレス風に言えば、潜勢態」(p.137)や「羃」(p.206)の意味も含めて多出するし、第二主著『物質と記憶』になると純粹想起に關説して「本質的に潜在的なものたる過去」等と辯じられたりするものの(合田正人・松本力譯〈ちくま学芸文庫〉二〇〇七年二月、第三章p.193――なぜか卷末「事項索引」の「潜在的 virtuel」の項に不採録、ほか原文に照合すると同譯書p.15・18・38・40・41・48・55・68・70・108・125・140・149・187n・191・199・204・222・256・326・331-335・344・353も遺漏)、逆に過去は「本質的に無力であるimpuissant]」(p.196)と「潜勢態」=puissance(p.224)に否定接頭辭を冠した形容詞で述定されもし、それにやはり「可能的」との使ひ分けは定かでない。第三主著『創造的進化』も同斷。ベルクソン研究からは「潜在性概念のドゥルーズによる解釈に、テキスト上の根拠がないこと」が檢證されてゐる(村山達也「潜在性とその虚像 ベルクソン『物質と記憶』における潜在性概念」平井靖史・藤田尚志・安孫子信『ベルクソン物質と記憶を診断する 時間経験の哲学・意識の科学・美学・倫理学への展開書肆心水、二〇一七年十月、p.32)。潛在的・可能的を對立關係にして結び合せたのはドゥルーズの創見と覺しく、その端緒は「ベルクソン 一八五九―一九四一」(平井啓之譯・解題『差異について』増補新版、青土社、一九九二年九月、所收→新裝版、二〇〇〇年六月、p.193/前田英樹譯「ベルクソン、1859―1941」『無人島 1953-1968』河出書房新社、二〇〇三年八月、p.58)にあった。潛在性が「アクチュアルであることなしにリアルな」ことを強調し可能性との對比で重視する論法は、『差異と反復』第四章(財津理譯、河出書房新社、一九九二年十一月、p.315・pp.318-321→仝『差異と反復 下』〈河出文庫〉二〇〇七年十月、pp.111-112・pp.118-122)や『襞――ライプニッツとバロック』(宇野邦一譯、河出書房新社、一九九八年十月、第8章p.178以下)等でも再説されてゆく。その延長上に、可能/リアル/アクチュアル/ヴァーチャルといふ存在樣態の四極關係をピエール・レヴィが總説してをり(米山優監譯『ヴァーチャルとは何か? デジタル時代におけるリアリティ「9 存在論的四学――ヴァーチャル化、すなわちいくつもある変様の一つ昭和堂、二〇〇六年三月)、參考になる。特に潛在性論から歴史へと、即ち「ドゥルーズによってほとんど論じられることのないテーマ」へと展開してゆく方向での問題設定は國分功一郎が示唆してゐる(「訳者解説ジル・ドゥルーズ『カントの批判哲学』〈ちくま学芸文庫〉二〇〇八年一月)。また、ドゥルーズ説の要説は松浦寿輝『官能の哲学』「I‐3 言葉の死 = 欲望の死」中「可能性と潜在性」の節(双書 現代の哲学〉岩波書店、二〇〇一年五月、p.77以下→〈ちくま学芸文庫〉二〇〇九年六月、p.90以下)にも見られ、松浦は「潜勢態としての言語の全体」(p.86→p.99)に想ひをめぐらせつつ、『知の考古学』に「潜在的な言表[d'énoncé latent]が認められることはない」(Ⅲ―Ⅲ―A―2、慎改康之譯〈河出文庫〉二〇一二年九月、p.207)とあるのは考慮の上で「フーコー的な言表と意外に近いものであるかもしれぬ」(p.88→p.102)と繋げてもゐる。現に、ドゥルーズに依據して「フーコーは,[……]可能性としてではなく,[……]潜在性としてギリシア・ローマ古代の世界を論ずる」云々と告げる文もあった(関良徳「ミシェル・フーコーの倫理学(1)――「自己構成的主体」の概念についての試論――一橋研究編集委員会『一橋研究』第二十一卷第四號、一九九七年一月、p.109)。他方、この區分法に批判的にle virtuelle possibleとの混用が持つ意味を檢討した赤間啓之「ラン・ウィズ・ア・《ベルクソン》 あるいは「可能的なもの」と「潜在的なもの」」(青土社『現代思想』一九九四年九月臨時増刊「総特集=ベルクソン」)は、可能世界を拒否するベルクソニスムが歴史論に應用された場合に固有名を尊んで無名性を蔑する英雄主義に陷りがちなことを指摘して興味深い――但し、混用の實例として繰り返し引證する文の出典につき註(34)で「全集5、白水社、九八頁」とするのは何の錯誤か、その渡辺秀譯『ベルグソン全集 5 精神のエネルギー』(一九六五年五月)での該當箇所は第二論文「心と体」pp.62-63(=原章二譯『精神のエネルギー』〈平凡社ライブラリー〉二〇一二年二月、pp.75-76)になる。ついでに、この白水社『ベルグソン全集』(一九六五〜六六年初刊)の書名表記を「ベルソン全集」と清音にしてゐたのもよくある過失。……なほ、その「英雄主義」への批判も含む反ベルクソン主義としてのフーコーを論じたのが、澤野雅樹「光のもとに差しだされた生 フーコーの鏡に映るベルクソン(『現代思想』一九九四年九月臨時増刊「総特集=ベルクソン」)→改稿「光の下に差し出された生 二つの死と最後のフーコー」(『死と自由 フーコー、ドゥルーズ、そしてバロウズ』青土社、二〇〇〇年六月)。

*15

田村俶譯『監獄の誕生 監視と処罰』(新潮社、一九七七年九月)p.35該當だが、誤解の餘地があるので譯文を私に改めた。これについてはprospero氏のサイトSTUDIA HUMANITATIS掲示板である「口舌の徒のために」でフランス語原文からその譯し方まで大いに教示を受けた。一往、田村譯では下記の通り。

こうした[……]監獄についての、私は歴史を書きあげたいと思うのだ。それはまったくの時代錯誤によって、であろうか。私の意図を、現在の時代との関連での過去の歴史の執筆であると理解する人には、そうではない。だが、現在の時代の歴史の執筆であると受けとる人には、そうなのである。

變更點として、邦譯書で「私の意図を」とある箇所は原文原書p.35)に無い補ひで、‘par là’(≒by that)が指す所をさう取ったらしいが、それは直前に先行する語‘un pur anachronisme’を指すと讀んだ。作者の意圖よりアナクロニズムといふ言葉の意味が問題になる。

原文ではNonOuiと(諾か否か)の後にそれぞれ“si on entend par là faire l'histoire...”を繰り返してゐるので、直譯式に「もし人がそれによって〜の歴史を書くことと解するのならば」としておいたのだが、日本語として自然にするには不定代名詞onによる主語を省いた上で「もしそれで〜の歴史をやると解されるなら」と受け身形に飜譯するか、いっそ「それが〜の歴史といふ意味だったら」とでも意譯した方がこなれた譯文になるのかしれない。フランス語に無學なため請け合ひかねる。

*16

フーコーが目論んだ「現在の歴史 l'histoire du présent」(現在についての歴史、現在といふものの歴史)に關し、一説として、次の示唆的なコメントを引いておく。

その他、例えば「現在の歴史」l'histoire au présentという言い方がおそらくドイツ語で「歴史」を意味するGeschichteをフランス語に訳したものであるだろうことを指摘しておいてもよい。ドイツ語において「歴史」は、「物語」histoireとではなくむしろ或る「様相」「構造」的現前と結びつくのである。

ジル・ドゥルーズ「ペリクレスとヴェルディ フランソワ・シャトレの哲学」に邦譯者・丹生谷貴志が副へた「解題」の一段である(宇野邦一『ドゥルーズ横断』河出書房新社、一九九四年九月、p.26)。ただ、そこで「現在の歴史」と言ふのはフーコーでなくシャトレの言葉であるし、「現在」と「歴史」を繋ぐ助詞が日本語では「の」と譯されるものの原文フランス語ではduauとで異なるからそのまま當て嵌められない懼れもあるが、語學力無きゆゑ佛文のニュアンスは判らず、しかしながら既に「フーコー、現在の歴史家 Historien du présent」(1988)と呼んだことのあるドゥルーズであってみれば間テクスト的な共鳴は認められさうであり……參考までに。なほ、右引用段落の直後に丹生谷が併讀を奬めてゐるルイ・アルチュセール(聞き手フェルナンダ・ナバロ)『不確定な唯物論のために 哲学とマルクス主義についての対話』を見ると、Geschichteを擧げて「このことばは、燃え尽きてしまった歴史ではなく、現前するヽヽヽヽ歴史を示しています」と語る一節があるので(山崎カヲル譯、大村書店、一九九三年八月→復刻新版二〇〇二年十月、p.62)、そこからの想ひ着きらしい。同語源の動詞geschehenが「生ずる、起こる」の意で、複數形あり(die Geschichten)だと出來事・事件の語意があるのを踏まへたか。ドイツ語でHistorie(ヒストリエ)と併用しつつ對比される集合單數Geschichte(ゲシヒテ)の概念史については、ラインハルト・コゼレックの述べる所を要説した岸田達也「『歴史的基礎概念事典』――Geschichte〉の項――」日本大学文理学部『學叢』第43號(昭和62年度)一九八七年十二月「特集 辞書・事典」、參照。同じ項目の祖述は村上淳一『仮想の近代 西洋的理性とポストモダン』「Ⅳ 歴史と偶然」(東京大学出版会、一九九二年十月)にも見られ、これに先行したコゼレックの「歴史の単数集合名詞化」に關する論文は三島憲一『ニーチェ以後 思想史の呪縛を越えて』「第三章 歴史と歴史哲学――ヨーロッパ近代のトポスの崩解――」(岩波書店、二〇一一年三月)が詳しく紹介する。

*17

ジル・ドゥルーズは「装置とは何か」(財津理譯。宇野邦一監修『狂人の二つの体制 1983-1995』河出書房新社、二〇〇四年六月、所收)と題するフーコー論で、そのアクチュアリティーを頻りに強調してゐる。

わたしたちは、いくつかの装置に属しており、それらのなかで活動する。ひとつの装置が以前の諸装置に比べて新しいとき、わたしたちは、その新しさを、その装置のアクチュアリティー、わたしたちのアクチュアリティーと呼ぶ。新しいもの、それはアクチュアルなものである。アクチュアルなものは、わたしたちがいまそうであるところのものではなく、わたしたちが何かに生成するときのその何かであり、わたしたちがそれへと生成するただ中にあるところのそのそれであり、すなわち《他なる(オートル)》ものであり、わたしたちの〈他に‐生成すること〉である。わたしたちがいまそうであるもの(わたしたちがもはやすでにそうあるのではないもの)と、わたしたちがそれへと生成するただ中にあるところのそのそれとを、あらゆる装置において区別しなければならない――歴史の持ち分とアクチュアルなものの持ち分とをである。歴史とは、アルシーヴであり、わたしたちがいまそうであるところのものの素描であり、かつわたしたちがそうであるのをやめるところのものの素描である。他方、アクチュアルなものとは、わたしたちがそれへと生成するところのそのそれの兆しである。したがって、歴史あるいはアルシーヴは、わたしたちをさらにわたしたち自身から分かつものであるが、アクチュアルなものは、わたしたちがすでに合致しているそうした《他なる》ものなのである。

「装置とは何か」p.229(傍線部は原文傍點ゴマルビ)

この動的對立圖式に從へば、「フーコーによって記述されたもろもろの規律・訓練(ディシプリン)は、わたしたちが少しずつそうであるのをやめているものの歴史なのであって」、現在なりつつあるアクチュアルなものとの差分化が求められよう。そこで、またもや『反時代的考察』のニーチェが援用される。

どの装置においても、わたしたちは、もっとも近い過去のもろもろの線と近未来のもろもろの線を――アルシーヴの持ち分とアクチュアルなものの持ち分を、分析論の持ち分と診断の持ち分を――解きほぐさなければならない。フーコーが偉大な哲学者であるのは、かれが歴史を他のものごとのために利用したからである。ニーチェが言ったように、この時代に逆らって、したがってこの時代に向かい合って、そして来たるべき時代のために活動し、その来たるべき時代をわたしは望むということだ。フーコーの意味でのアクチュアルなものとして、あるいは新しいものとして現れるものは、ニーチェが反時代的なもの、非現代的なものと呼んだものであり、歴史とともに分岐するあの生成であり、他のいくつかの方途を携えて分析に取って代わるあの診断である。それは、予言することではなく、ドアをノックする未知のものに注意を払うということである。

「装置とは何か」pp.230-231(傍線部は原文傍點ゴマルビ)

右文中「反時代的なもの、非現代的なもの」は原語“l'intempestif, l'inactuel”だから、「時宜を失したもの、非アクチュアルなもの」とも譯せる。

ここでのドゥルーズは今しもアクチュアルに創成されようとする近接未來(futur proche)へ加勢するあまり、その一方、今しがた現働性(アクチュアリティー)が失せたばかりの近接過去(passé récent)を輕んじて、既に過ぎ去りつつある歴史――「現在の歴史」か――の役割を疎かにしたのみならず、矛盾を來してしまった。後で氣づいたのか、辯明らしきものがフェリックス・ガタリとの共著『哲学とは何か』中「例9」(財津理譯、河出書房新社、一九九七年十月→〈河出文庫〉二〇一二年八月)に見える――説得力に缺けるが。曰く、「しかし、その概念〔未来〕は、ニーチェが〈現代的でない(イナクチユエル)〉ものと命名したのに、いまやどうして〈アクチュエル〉なものという名称を受け取るのだろうか。なぜなら、フーコーにとって、重要であるのは現在的なものとアクチュエルなものとの差異だからである。」……「現在的な〔現前している〕ものは、[アクチュエルなものと]反対に、わたしたちが〔現在〕それであるところの当のものであり、それゆえにこそ、〔生成しつつある〕わたしたちがすでにそれであることをやめている当のものである。わたしたちの義務は、過去の持ち分と現在の持ち分を区別することだけでなく、もっと〈深く〉、現在の持ち分とアクチュエルなものの持ち分を区別することである」(p.194)――だとしても、l'actuelをわざわざ正反對にl'inactuelと異稱すべき理由にはならない。ニーチェを持ち出して反時代的と言ひたかっただけに見えてしまふ。抑もニーチェの反時代性はむしろ古典文獻學徒として、古代を學んだが故だと自稱してゐたし、結果としてそれが望ましい未來に資することもあるか知らぬが、その時にはアクチュアル化してもう非アクチュアルでなくなってゐよう。且つそれ以上に多く、潛在的なまま遂に現勢化(アクチュアリゼーション)の線を成すことのない非アクチュアルなものが層々と堆積してゆくであらう。「或る者が《イナクチュエル》と呼んだものを、他の者が《アクチュエル》なものと呼ぶのは、ひとえに[……]概念のもろもろの〔他の概念への〕近さと合成諸要素のせいであって、それらのわずかの置き換えが、ペギーが言っていたように、一種の問題の変更を引き起こしうるのである」(p.195)とも言ふが、ドゥルーズがやったのは逆、アクチュエルと呼ばれるものをイナクチュエルと呼び換へて、しかもその置換で何の問題がどう變更されたのやら依然不分明、そこを削っても趣旨に變りなささうだ。ドゥルーズによるアクチュアリティーの説明は諄々(くどくど)しいだけ解りやすいが、その偏りは是正して讀む手間が要る。

*18

*8前掲レーヴィット『ヤーコプ・ブルクハルト』p.28及び瀧内槇雄「文庫版あとがき」p.547、斎藤忍随「フィロローグ・ニーチェ」pp.55-56、參照。ついでだから、前掲クラカウアー『歴史』(p.274)による魅力あるブルクハルト像をも掲げておく。

ブルクハルトはもちろん専門家であったけれども、かれは自分の好みに従うアマチュアのような態度を歴史に対して取っている。かれはただ、自分の内なる専門家が、歴史は科学ではないことを深く確信していたから、そうしたのである。「大ディレッタント」、ブルクハルトはある手紙のなかで自分をそう呼んでいるが、これが歴史を適切に取り扱うことのできる唯一のタイプであるように見えるであろう。専門家がアマチュアのなかから生まれることは知られている。だがここでは一人の専門家が、その特殊な主題のために、アマチュアに留まることを固執している。

また、歴史家としてのウェーバーのディレッタント性に注目した犬飼裕一『マックス・ウェーバーにおける歴史科学の展開』ミネルヴァ書房、二〇〇七年七月)も參考になる。レーヴィットによるブルクハルトとニーチェの論じ方への批判なども含め、面白く讀めた。

*19

ミシェル・フーコー/伊藤晃譯「ニーチェ、系譜学、歴史」『ミシェル・フーコー思考集成  1971-1973 規範/社会筑摩書房、一九九九年十一月所收、に據る。同譯文に「現出」とされたEntstehungを「發生」に改めたのは、榎並重行『ニーチェって何? こんなことをいった人だ』(〈洋泉社新書〉二〇〇〇年五月、p.49以下)にも「発生をとらえる系譜学」に就て述べられたのが見られるし、それが獨和辞典でも普通の譯語だからに過ぎない。フーコーが註記に示した該當箇所を邦譯『ニーチェ全集』と照合した限りでも「現出」といふ譯語は當てられてないやうだ。因みに、Ursprung(起源、根源)とEntstehung(發生、成立)とを對立させる用語法はヴァルター・ベンヤミンにも見られ(浅井健二郎譯『ドイツ悲劇の根源 上』「認識批判的序章」〈ちくま学芸文庫〉一九九六年六月、p.60)、とはいへ前者「根源ユルシュプルング」を後者より重く視るのはフーコーと逆だが、固より語に含ませた意味合ひが異なる。個々の語意より、ここでは同義の類語に差異を差し込む概念操作法を見れば足りる。

*20

異口同音でヨリ詳しい説明文が一九一〇年ベルリン刊の哲學書に見え、まるで一九四二年初出の「記憶の人フネス」を豫見したかのやうに符合するのが面白いから、引いておく。邦譯書エルンスト・カッシーラー『実体概念と関数概念――認識批判の基本的諸問題の研究――』(山本義隆譯、みすず書房、一九七九年二月)「第一章 概念形成の理論によせて」である。即ち、概念の獲得が抽象化に基づき「われわれは特殊から普遍へと上昇する規則にもっぱら従っているのだとすれば――

精神に概念形成の能力を与えているものは、われわれの精神に備わった〈忘却〉という幸運な才能であり、現実にはつねに存在する個々の事例の差異をそのとおりに捉える能力の欠如だということになる。もしも過去の知覚によって残されている記憶像のすべてがまったく鮮明に規定されているとしたならば、その記憶像がわれわれの消え去った意識内容をすみずみまで具象的にいきいきと思い出させるとしたならば、そのときには、想起された表象が新しく生起した印象と完全に〈同種〉のものと捉えられ、両者がひとつのものに融合されうるというようなことは、およそ不可能であろう。以前の印象全体を完璧に保存するのではなく、ただその漠然とした輪郭を保存するにすぎない再生(Reproduktion)の不確かさによってはじめて、それ自身としては同種でない諸要素をひとつにまとめあげることが可能となっている。というわけで、すべての概念形成は個的な直観を概略的な全体像で置き換え、現実の知覚のかわりにその不完全で漫然とした残存物を置くことから始まる、ということになる。

『実体概念と関数概念』p.21

尤も、ここでの文脈はこれに批判的で、傳統的論理學の類概念に固執するとこんな「奇妙な結論」(p.21)になってしまふといふことを示すものであって、それに代ってカッシーラーが函數概念・系列概念による現代論理學の革新を是とするための踏み臺に過ぎない。畢竟ボルヘスの報告した超記憶症候群の事例イレネオ・フネスは古典論理學に則った虚構(フィクション)であり、論理の遊戲であって現實性の程は怪しい。いま雙方を併せ讀んだ我々は、先立つカッシーラー著と對照することで、それより後年に書かれたボルヘス作品の「奇妙な論理」は、およそ同時代に屬する二十世紀初頭の科學哲學に比してやや時代遲れ(アナクロ)な古めかしさがあること(そこに魅力の一斑もあるが)、殆んど無限論へと接近する主人公の認識が依然餘りに實體的な概念に囚はれた儘であることを、讀み取れるわけだ。また更には、カッシーラーに倣って非アリストテレス論理學に準據することで、フネスとは別樣な「記憶の人」の系列を造型できるかもしれない……。

附記

野暮は承知で言はずもがなの註釋をしておくと、各節の見出しは引喩(暗示引用)である。順に出典は、『アルジャーノンに花束を』『地獄の季節』『遅れてきた国民 ドイツ・ナショナリズムの精神史』『つゆのあとさき』『論語』『ミシェル・フーコー 構造主義と解釈学を超えて』『歴史家の同時代史的考察について』『プルウスト全集 失はれし時を索めて』『同時代も歴史である 一九七九年問題』『いつまでも前向きに 塵も積もれば…宇宙塵40年史 改訂版』。もぢっただけ、必ずしも内容と關はらず。


【書庫】補註 > アナクロニズム

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2010年1月22日 開板 / 2019年8月7日 改版
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