っぽい話 ――『モデルノロヂオ〔考現學〕』抄

森 洋介


初出は同人誌『黒 La Nigreco』第7號(第1次終刊號・二〇〇一年八月)の三段組短文欄「Saluton!」、印字は新字體混じり(JIS X0208の新舊包攝字のみ)だった。轉載にあたり、改行箇所を誤って組まれたのを訂正し誤字四箇も改めた。誌名の「ラ・ニグレーツォはエスペラント語。直訳すれば「黒の属性を持つもの」。意訳して「アナ気質かたぎ」あるいは「アナっ気」」。その誌名に引っかけた内容で書いてゐる。なほ同號奧附に「【表紙設計】」として筆者の名を記すが、それは三號迄で、實際は四號以降すべて編輯人・中島雅一氏による。ウェブ公開後の言及として古賀弘幸ガラスの割れ方half_spaceMay 19, 2005)がある。


私は古本漁りを好む。だから古本の話をしよう――黒っぽい本の話を。

黒っぽい」とは古本屋の業界用語である。刊行後、年數を經た書物、殊に絶版本を指す。逆に白っぽいといへば、新刊書店でもまだ入手できるやうな珍しくもない本だ。例へば、最近チェーン展開の著しいセコハン・ブックストアは「白っぽい」店である。古書マニアは、古書展で顏を合はすたび「最近黒っぽい本が出なくなったなあ」と歎き合ふのを挨拶とする。

さてマニアの端くれとして、私も黒っぽい本を好む。先日、『モデルノロヂオ〔考現學〕』といふ本を讀んでゐた。今和次郎・吉田謙吉著、一九三〇(昭和五)年七月、春陽堂刊。「考現學」を標榜する初の單行書である。

考現學をご存知だらうか。過去を發掘するのが考古學(Archeology)ならば、その向ふを張って現在眼前に見る事象を記録考究するModernologyもあって然るべきと唱へ、これをエスペラント語にしてモデルノロヂオ(Modernologio)と稱したものである。名の通り、モダン(Modern)趣味な學問(?)であったのは、目次を一瞥してもわかる。

一九二五年初夏 東京銀座街風俗記録」「學生ハイカラ調べ」「丸ビルモガ散歩コース」「銀座のカフエー女給さん服裝」「デパート風俗社會學」「煙草の吸殼收集報告」「井の頭公園自殺場所分布圖」……。何だか好事家の雜學みたいだが、この本を開くと昭和初期のモダン都市東京の光景が彷彿とする。その點、そこらの現代史本を何册讀むよりも優る。

因みに云ふ、名古屋の詩人・龜山巖が草創期考現學に立ち會った最後の生き殘りだったらしい。そのことで京都の現代風俗研究會(多田道太郎會長)インタビューをしたことがあった。現風研は考現學の學風を受け繼いでゐるといへば、凡そどんな學問だったか察しがつく方も多いかもしれない。

この『モデルノロヂオ〔考現學〕』の中でちょっと目に止まった小文があるので、紹介したい。題して「ガラスの割れ方と補貼」。「洋服の破れる箇所」「カケ茶碗多數」に續く一篇である。昔はガラスが割れるとよくテープなどで貼って繋ぎ止めてゐたものだが、その有樣をご苦勞にも一々スケッチして採集番號を附してあるのだ。筆者吉田謙吉曰く、「ワレ方科學、補貼美學とは如何?」とか。

その五十種に及ぶ採集は惜しいけれど割愛して、いきなり文末に目を轉じたい。

「扨て最後に特種二ツを提供して引下る事にしよう。

[…第一例略…]

第二例は聊か舊聞に屬するが某事件に於て、銀座街上大商店の飾窓のガラスの割られたる状況(左圖)、所轄署にも無い(と思つて間違ひないであらう)採集の一部、故意に割られたる(投石された)例として特にご紹介する次第、事件内容及び商店名等誌上に於て「嚴祕」としておあづかりしておく。[……]」

fig1 fig2

某事件――』の讀者ならピンと來た方もをられるのではないか。これは、黒色青年聯盟銀座事件にほかなるまい。アナキズム史では必ず觸れられる事件である。例へば小松隆二『日本アナキズム運動史』(青木新書、一九七二年十一月。これももう黒っぽい本になりかかってゐるのかもしれない……)。

「黒色青年連盟(略称・黒連)は、関東におけるアナキストの総連合として出発した。[……]大杉の死やギロチン社事件のあとのアナキズム陣営の後退は歴然としており、その再編・強化の必要が痛感されていた。その結果結成されたのが黒連であった。[……]

一九二六(大正十五)年一月三一日、黒連は、第一回大会をかねて、東京・芝の協調会館で夜六時半から演説会を開催した。参加者およそ七〇〇名[……]。

つきからつぎへと登壇する弁士はすぐに中止を命令されたうえ、最後は解散命令をくだされた。激昂した参会者は、黒旗をひるがえして銀座へむかった。それを強圧的に阻止しようとした警官ともみあいになったとき、デモ隊は礫をとばし、旗ざおで銀座街頭二十数軒のショーウィンドをうちこわした。すぐに非常線がはられ、三十二名が検束された。[……]

[……]そのような破壊主義的でニヒリスティックな姿勢が黒連の一部に当初から存在していた。それがしだいに拡大し、純正アナキズムと結びつくことによって、アナキズム陣営をいっそうの混乱と後退にみちびいていく。[……]」

――とまあこんな具合で、銀座事件と云へば、彈壓に追ひつめられたアナキスト達の自暴自棄の心情が噴出した現はれと見られ、この破壞衝動が内攻してその後アナキズム戰線を二分させてしまったといふのがよくある評價のやうだ。しかしまあそれは今どうでもいい、「ガラスの割れ方と補貼」に戻らう。

吉田謙吉の文はただ「某事件」としか言ってゐない。にもかかはらず、當時の讀者ならばやはりピンと來ただらうし、それを期待して特に説明してゐないのだらう。さうだ、あの銀座の、あの飾り窓シヨーウインドウのガラスが割られた、といへば、その頃の人々にとっていかにインパクトのある事件だったか。『モデルノロヂオ〔考現學〕』一卷からもうかがへるが、往事の銀座は必ずしも現在みたいな澄まし返った高級な大人の街ではない。斷髮したモガが連れ立って銀ブラし、モボがカフェー通ひにうつつをぬかす、最新流行の發信地だったのだ。ウィンドウ・ショッピングといふものだって恐らく當時始まったばかりの流行現象である。そのショーウインドウが叩き割られたとなれば――のちのちまで人々の語り種となったことは想像に難くない。

そんなこと當り前ではないかって? しかし恥づかしながら、いままでアナキズム運動史の本で銀座事件の記述を讀んで來た限りでは、その當り前のことを看過ごしてゐた。むしろアナキズムとは關係のない『モデルノロヂオ〔考現學〕』のやうな書物の中に銀座事件を見つけたことで、はじめて、時代の雰圍氣や社會の世相風俗の中での事件の位置づけがわかったやうな氣がしたのだ。

それに何より、吉田謙吉も自慢する通り、ガラスの割れ方の資料なんて警察だって持ってはゐなかったらうし、みすず書房の〈續・現代史資料〉には小松隆二編で『アナーキズム』の卷があるが、あれにだってまさか收録してはゐまい。さう思へば、まあ見つけものだ。

元來特にアナキズムが關心事といふわけでは全然ないのだが、このやうに、黒っぽい古書を眺めてゐると不意にアナキズムに關する記述に行き當ることがある。これまた「黒っぽい」話ではないかと思ふが、如何。


黒っぽい話――『モデルノロヂオ〔考現學〕』抄

▲刊記▼

發行日 
2004年10月14日 開板/2005年6月1日 改版
發行所 
http://livresque.g1.xrea.com/GS/modernologio.htm
ジオシティーズ カレッジライフ(舊バークレイ)ライブラリー通り 1959番地
 URL=[http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/GS/modernologio.htm]
編輯發行人 
森 洋介 © MORI Yôsuke, 2001-2004. [livresque@yahoo.co.jp]
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