正字體フォント作成法
――或いは、余は如何にして或種のフォントを作り得ざりし乎


「実験室:fontforgeをつかってAdobe Reader付属の小塚明朝を自分ごのみにする。」(「じめじめ団」提供『梅雨空文庫』内)に倣ってフォントを正字體に改造する方法に就き、以下に手順と調査結果とを記し備忘とす。初心者ゆゑに却って氣のついたところもあらうか。環境は、Windows XP Home Edition Service Pack 2で實驗したとする。


方法 或いは、序説

こちたき前置き説明に興味無き人は、飛ばして下準備に入られよ。言はでも知れたこと乍ら――以下、およそ正字とは謂はゆるヽヽヽヽ康熙字典體、例外もあるが主に舊字體の中から「正しさ」で絞り込んだ部分集合(乃至は要素)を指し、字體とは概念的な形式(form)で字形はより具體的に實現した形象(shape)のこと――音素/phoneme/と音聲[phone]との關係に類比できるか?――と、ご了解あれ。

既に正字體フォントには、市販品ではサンセール『漢字道樂2』セットに含まれる「古典明朝」(實物未見)、申申閣の日本語變換ソフト『契冲』に同梱バンドルされた「文字鏡契冲明朝」、フリー・フォントとして内田明制作「癸羊明朝」がある。これらは、當用漢字(→常用漢字)で字體を改めた新字も舊字體の字形で實裝したフォントである。正字體のうちJISコード(の第一・第二水準基本漢字)が割り振られてない字種を、新字體を振り當てたコードの場所に置き換へて表示する仕組み。俗に謂ふ裏フォント方式の一種だが、JIS X 020897JIS)に謂ふ包攝規準からすれば、一コードに複數の新舊異體字が「包摂」されてゐるわけだから、表示字形に新字でなく舊字體を選んでも構はない理窟だ(cf.加藤弘一「正假名遣と正漢字と――申申閣 市川浩氏に聞く」。問題は、新字を差し替へてコード位置に代入する正字字形をどこから持って來るかである。いちいち作字するのは難行苦行の職人技、なればこそ正字體フォント(fontとは元來、同型同書體の活字の「ひと揃ひ」を言ふ)が求められるのだ。しかし既製の文字鏡契冲も癸羊明朝も書風に癖が強く、一般的な新字體フォントと併用するとそこだけ浮いてしまふ難がある。

さて如上のフォントはTrueType形式フォーマットであるに對し、二〇〇〇年代に入って實用化されたOpenTypeフォント(OTF)においては、JISコード外字にも對處すべく異體字形を豐富に揃へて、CID番號を振って管理してゐる。その準據する文字集合「Adobe-Japan1」は「Adobe-Japan1-6 Character Collection for CID-Keyed Fonts」PDF/7.5mbで字形表が一覽でき、中でも漢字は「Adobe-Japan1の漢字(部首画数順)」「安岡孝一の雑文 (PDF版)」4.2mbを檢索するのが見つけやすく、正字をも多く含むのが看取されよう。しかし折角のOTF異體字切替機能は、生憎と今のところ對應ソフトが尠なく、Adobe製のInDesign 2.0以上やIllustratorPhotoshopCS以降くらゐでしか引き出せない(Windowsでは。Mac OS Xでなら、ことえりやegbridge Universal等もあるか)。フォント編輯ソフトで開けばやはり見られはするものの、その字を文書での表示や印刷に利用できなければ意味無い。それに、一字づつ毎度字形パレットを開いては選擇するのは煩に堪へず、一擧に範圍指定してフォント切替した方が手っ取り早い――殊に、舊字體によるかな漢字變換辭書別に配布中)を使用する者ならば(まして、吾人は常用者なれば)。そこで、正字體に當るCIDからグリフ(字形)を持って來て新字形のCIDに入れ替へたフォントを作る出た。コピー&ペーストの機械的な反復作業だから、置換操作を外部スクリプトで自働化してやればよい。「実験室:fontforgeをつかってAdobe Reader付属の小塚明朝を自分ごのみにする。」にはその工程が書かれてゐる。とは云へ略記なので初心者にとって實踐は難しく、本稿はその應用詳解である。

上記「実験室」に公開されたEucCidCid2.datはスクリプトに讀み込ませるためのコード變更表で、「できそこないの当用漢字字体絶滅版作成用」と自稱されてをり(ところで「できそこない」とは當用漢字に掛かる貶辭かファイル自體の出來映えを指す謙辭か?)、JIS包攝規準で別コードに分けてある字までも舊字に統一してしまふ(ex.亜:1125:4108→亞。同樣のコンセプトに據るトゥルータイプ・フォントに「UCX 古典明朝-W3」や有國智光作「真宗原典明朝」がある)。さればJIS第2水準までの中で新舊分離して共に備はる字は除外とし、誤脱を修補しつつ異體の字形差も勘案して私に改め、EucCidCid3.dat(CID正字化置換用 新舊異體字對照表)とした。

これを「Adobe-Japan1の漢字(部首画数順)」より撰定するに方り、各種漢和辭典はじめ『異體字字典』『漢字字体規範データベース』『明朝体活字字形一覧』及び「精興社書体――ベントン母型―君塚正字」(森啓『活版印刷技術調査報告書 改訂版』所載)、「印刷標準字体」に據る例示字形(cf.岡崎浩「印刷標準字体とJIS」『備忘録』、上綱秀治「JIS2004制定時の変更点」『図書館員のコンピュータ基礎講座』)等を參考にしたが、ここで、何を以て正字とするか、搖れが出る。ほんの一例だが、の偏は皀白*ヒ)と白の左縱棒を延ばして横棒二本(白*(+二))とのいづれが正體か、節櫛卿喞廏慨概郷響嚮爵欝などまで統一しなくてよいか……等々、細かく見るほどに疑問百出しよう(cf.内田明「クワクチヤウWatanabe明朝プロジェクトの挫折もしくは潜行」。逆に、この正字判定が一意に決まらぬ故に、オープンタイプ・フォントでのtradタグによる舊字置換に任せ切るわけにもゆかず(cf.NAOI(直井靖)「角川新字源の旧字体をAdobe-Japan1で再現してみる」『Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ』2007-06-27、かかる私撰の正字對照表をも提出する餘地がある次第。――固より、抛()とか簒()だとか、正字體がユニコード(UCS)には別に裝備されてゐながらJIS X 02132000JIS)にもAdobe-Japan1にも符號位置コード・ポイントが與へられてない(若しくは、包攝されてゐる)ものがあって(Adobe-GB1にならCID番號有り、中文フォント以外でも「秀英太明朝0208」や「JS平成明朝体W3」「DF華康明朝体U_W3」等では表示できるが)、それらは適用對象外となる。どうでCIDに在る範圍内での正字形に過ぎない。篤志ものずきの方はEucCidCid3.dat(讀むには擴張子を“.txt”に變更)をAdobe-Japan1の例示字形と照合して、さらにお好みで修訂せられたい。

CID正字化置換が濟んだOpenTypeフォントはその儘では問題があるので(後述)、TrueTypeフォント(TTF)にフォーマット變換して、不備無きやう處置する。

 

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下準備 或いは、入手經路

道具

フォント作成ソフトに、FontForge(舊稱PfaEdit)を入れる。無償でダウンロード可であるが、もともとウィンドウズ向きアプリケーションでない所爲で、利用できるやうにインストールする迄がかなり難儀らしい。

そこで、「Windowsfontforge 簡単 お手軽パッケージ」がある。惜しいことに作者(geocities/meir)が配布を止めてしまったため(二〇〇七年夏頃か)、「S60 3rd Edition私的攻略書/縦読みttfフォント作成備忘録」に示されたリンク先より入手する16mb。他に、lostwareアップローダーにも分割して置かれてゐ、またファイル共有ソフトShareでも流通してゐることが檢索結果に見える。このパッケージのインストールや使ひ方の説明文は、消滅した舊配布元のページThe Internet Archive Wayback Machineを通じて閲覽できる(文字化けするが、ブラウザーでエンコード設定をシフトJISにして表示させればよし)。で、“C:\fontforge”に設置したとする。

原材料

OpenTypeStdでなくPro仕樣、就中なかんづくAdobe-Japan1-5以上準據のProフォントが必須である。大日本スクリーン製ヒラギノProシリーズや、モリサワ製ならProでなくPr5Pr6と名に附くものが、該當する。

入手しやすいところでは、最上位規格であるAdobe-Japan1-6對應の「小塚明朝 Pro-VI R」(KozMinProVI-Regular.otf)があり、Acrobat Reader改めAdobe Reader 7.0以降のヴァージョンに附屬する日本語フォント・パックにて無償配布されてゐる。さらにVersion 8.0からは「小塚ゴシック Pro-VI M」(KozGoProVI-Medium.otf)が追加された。これらは、從來の「小塚明朝 Pro R」「小塚ゴシック Pro M」(Adobe-Japan1-4對應)に代る擴張版である。インストール濟みなら[スタート]メニューの[検索]からファイル名「KozMinProVI」で探せば見つかるが、大概、

ら邊のフォルダー内に置かれてあるから、コピーして任意の作業フォルダー内(FontForgeを設置したのと同じがよい)に移す。小塚明朝系列ファミリーにはヴァージョン差が色々あるらしいがcf.NAOI「小塚明朝のバージョンによる'nlck'サポートの違い」『Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ 』2007-07-13、氣にしないことにして進めよう。精々ファイル更新日時に注意して新鮮な材料を入手するがよし(cf.「小塚フォントのバージョンの見分け方」。なほ他に、小塚明朝 Pr6N・小塚ゴシック Pr6N各六ウェイトもAdobe-Japan1-6フォントであり、Adobe Font Folio 11(二〇〇七年九月發賣)に入った。Pr6Nとは、Pro-VIをJIS X 0213:2004の例示字形に合せた新訂版と見做せる(cf.「Pr6フォントとPr6Nフォントはどこが違うのか」『Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ 』2007-08-27

これよりは、「小塚明朝 Pro-VI R」を材料とした場合を例に取っての説明とする。

副材

フォント加工を補助する副用品として、以下五ファイルを提供する。ダウンロードして作業フォルダー(例、“C:\fontforge”直下)に置く。

保存したら、TTFcidcid.txtは擴張子を“.pe”に改め、別けてもTateCopyOTF2TTF.txtは、開いて作業フォルダーの指定など各自の環境に合せて變更してから、擴張子を“.vbs”に改名すること。

その他お望みなら改變は任意だが、前掲「実験室」にて特に「EucCidCid.dat のつくりかた」として、

日本語コード=EUC、行端コード=LF でなければならない(windows でも)。

空白をいれてはならない。

変更なしの行は、なくてもよい。

各行とも

亜:1125:4108

のようにする。(ただし漢字は script 内では無視している)

との注意があるのは心得られたい。

 

↓

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作業 或いは、試行錯誤

FontForgeでする字形置換

まづfontforge.batをダブル・クリックしてFontForgeを起動する。黒いコマンド・プロンプト畫面が出て閉ぢたあと本體が現れる(時々起ち上がってくれないけどめげずに成功するまでbatファイルを叩く)。次に[新規]でフォントビューを開き、[ファイル]→[環境設定]→[スクリプトメニュー]でスクリプトファイルにTTFcidcid.peを指定する。それから[ファイル]→[スクリプトメニュー]より指定したスクリプトを選び、實行。何だか'name'テーブルがどうとか警告窓が出るけど氣にしない。

自働處理の進行に任せて置換し了るまで三分ほど待ち(その間、クリップ・ボードへのコピー機能は使用不可)、續いてTQKozMinProVI-Regular.ttf(TはTTF、Qは舊字の意)が出力されるのを確認する。範圍テーブルが不正と警告されるが、意味解らぬから氣にしない(♪みろよ青い空、白い雲〜)。しまひにFontForgeを完全終了、タスク・バー右端の通知領域にあるXmingアイコンを右クリックしてExit

問題回避

ウィンドウズ向けにしたFontForgeは不安定で、操作に失敗したりエラー終了することがある。下手すると再起動させるたび同エラーを繰り返す罠に嵌る。その場合、“.PfaEdit”フォルダーごと(乃至は“C:\fontforge\.PfaEdit\autosave”内の全ファイルを)削除してから、再びfontforge.batをダブル・クリック起動するとよい。但し、環境設定でのスクリプト・ファイル指定したのは消えてしまふので、やり直す。

ここでOTFで出力してよかりさうなものを、敢へてTTFにしたのはトラブルが發生するゆゑ(説明無用の方は飛ばして次節へ)。前掲「実験室」に書かれたスクリプトをOTFcidcid.txtとし、擴張子を“.pe”に變へてFontForgeで實行したとする。生成されたQKozMinProVI-Regular.otfをそのままフォント・フォルダーにインストールして文書作成ソフト等で使用しようとすれば、ブルースクリーン・クラッシュ、OS撃墜といふ恐ろしさ。抑もnameの警告が出てゐたし、FontForgeで「小塚明朝 Pro-VI R」を讀み込むとなぜか書體名が文字化けしてもゐたので、先にttfname3で名前を變更、化けさうな日本語(2バイト文字)を無くしてから、CID置換→OTF出力すると、インストールしても落ちはしない代り、今度はどうしたことか書體指定が印刷に反映されない。ワープロ・ソフトで試すと、一太郎では「ドラフト編集」でのみ有效で「イメージ編集」表示に書體の變化無く、Wordは逆に印刷レイアウトから下書き表示に切り換へようとするとフリーズしてしまって、強制終了(Alt+Ctrl+Delite)も利かなくなったり。畢竟、改造後はOTFでの利用は避けるが無難か。他に、CID置換後にOTFでもTTFでもフォント出力せずに、置換結果を保存(.sfd形式)しておく手も考へられる。スクリプト末尾の

Generate("QKozMinProVI-Regular.otf","",-1&0x880)

とある行を

Save("QKozMinProVI-RegularCID.sfd")

に代へれば可能な筈であるが、

Internal Error;
Bad reverse encoding

といふ注意が際限無く出て、強制終了せざるを得なくなる。一旦出力したQKozMinProVIb-Regular.otfFontForgeに讀み込ませてから[ファイル]→[保存]でも、やはり同樣。もう打つ手が無い、よってTTF化する。――敍上、如何にして或種のフォントが作れなかったかを記した。もしスクリプトを見て何が惡かったかご指摘戴けると、有り難い。

縱書きグリフ補完

缺損

しかるに、新たな問題が生ずる。FontForgeでは、OTFのTTF變換が容易にできる。即ち、メニュー[CID]→[単一化]Flattenの後、[ファイル]→[フォントを出力]Generate、オプションの上のセレクト・ボックスでTrueTypeを選擇し保存。ところがその際和文フォントでは、句讀點・括弧類などの約物や拗促音ほかの小書き捨て假名に縱書き表示用の字形グリフが備はってゐるのが、落とされてしまふのである。つまり縱組みにおいてさへ横書き用の字形でしか表示されず妙な向きになり、これでは日本語組版で實用に堪へない。從って、消えた縱書きグリフを補填してやる必要がある(正確に言ふと、表示用グリフはFontForgeのコードで1114669〜1114739邊りに藏され消滅はしてないが、縱書きに應じてそれらを讀み出す内部對應表[マッピング・テーブル]が缺損した?)。

武蔵システム「縦書き専用文字」(『フォント入門』)によれば、一一二文字が縱書きグリフを持つ(例示はVersion2.5以前の舊MS明朝の場合か)。これを列べたのがtate112.txtである。しかしOTEdit(後出)で確認すると、そのうち以下五字(二つは罫線素片)の縱書きグリフが、小塚明朝系では呼び出せない(=存在しない)。

表示字形 シフトJIS ユニコード 名稱
8161 2016(2225) Double Vertical Line(Parallel To)
8167 201C Left Double Quotation Mark
8168 201D Right Double Quotation Mark
84A9 253C Box Drawings Light Vertical And Horizontal
84B4 254B Box Drawings Heavy Vertical And Horizontal

これは「A-OTF リュウミン Pr5 R-KL」(A-OTF-RyuminPr5-Regular.otf、二〇〇五年製)でも同結果だ――但し、「A-OTF リュウミン Pro R-KL」(A-OTF-RyuminPro-Regular.otf、二〇〇二年製)では右表中で縱書きグリフ無しは十字罫線二種のみだったのだが(この改變、モリサワOpenTypeフォント AdobeJapan1-4(Pro)からAdobeJapan1-5(Pr5)への変更に伴う字形相違の資料」に記載無かった)。亦「ヒラギノ明朝 Pro W3」も同斷である――但し、五字に加へてもう一字ハイフン「‐」(全角取り・字面四分幅=ShiftJIS 815D/Unicode 2010)が要除外、縱書きグリフとの對應關係に齟齬ある故(ハイフンのコード指定でも半角歐字のハイフンマイナス「-」=sjis002d/uni2dが表示される。縱書き形はcid662に對してのみuniFE32.vert/cid7893Vertical En Dashが呼び出せる)。

これら五字を削減して、tate107.txtとした。その一〇七字を讀み込ませて、KozMinProVI-Regular.otfからTQKozMinProVI-Regular.ttfへと自動的に縱書きグリフを組み込ませたらよい訣だ。が、初心者の限界か、どうもFontForgeでそれを仕組む手立てが編み出せない。百字ちょっと位なら手動で編輯してもいいかしれぬけれど、FontForgeで縱書き圖形を扱ふには、獨自のコードで以て移動せねばならず、對應番號を探すのがまた手間だし(cf.CIDtate107plus.txt。そのうへ、JIS X 0213で追加された小書き假名の「か」「け」(=Unicode 30953096)等にも縱書き字形は用意されてゐるし、また、規格書JIS X 0213附属書4 23.国内実装互換文字に縱書きの例示字形が無い「明治」「大正」「昭和」「平成」の全角元號合字(uni337B337E)だってProフォントの實裝では縱書き形があるけれどTTF變換すると横書き形しか出せなくなるし(同列の株式会社」の合字uni337fはJIS外字)、さらに、「国内実装互換」に採られた十六種の全角カナ單位記號合字()以外にもユニコードのCJK互換用文字にある同類多數(uni3300.etc)には縱書きグリフがあるし……。初學者の手には餘る、博雅の士の教へに俟つ。

補充

仕方無いから別のフォント・エディター、TTEditOTEditとを入れる(武蔵システムよりダウンロード可)。シェアウェアだが三十日間は無料で試用できる。これなら、自働的に縱書きグリフを移し込むプログラムが書ける(と言ってこれも一から書けるでなし、曾て某掲示板で公開されたものに手を入れただけ)。兩ソフトをインストールしたら、まづTTEditの[ファイル]→[一括コピー]で、コピー元ファイルにTQKozMinProVI-Regular.ttfを、コピー先ファイルにTQKozMinProVIb-Regular.ttf(bを附けた)と指定し、コード種別はUnicodeを選び、OKを押す。

憾むらくは、かうしてTTEditで編輯可能にしたコピー版では出なくなる字があること。OTEditも同樣、未對應であるAdobe-Japan1-6との差分が消えるのは勿論、對應してゐるAJ1-4の範圍内でも二の字點Unicode 303B=cid12106/12107)とか合字かな「より」(uni309F=cid12181)とかとか(2000JIS追加の字に弱いのかも)。一括コピー先をTTEdit用に提供されてゐる全Unicodeフォントにすればといふ案も浮んだものの、配布元ページに注意ある通り、縱書きで該フォントを埋め込みしたPDFが作成不能になるため、却下(Arial Unicode MSが縱組文書のPDF變換でエラーを起すのと同根か)。ゆゑにbを附しbetaの意とす。所詮は試作品、それでも改造前の原Pro-VIフォントと併用すれば大抵用は足せよう。ベータ版を脱するには、やはりFontForgeを攻略しなくては……。これまた、或種のフォントを作り得ざりし所以の第二なり。

一括コピーが濟んだら、先程ダウンロードして作業フォルダーに入れたTateCopyOTF2TTF.txt“TateCopyOTF2TTF.vbsに名前變更、ダブルクリックして實行する。自働作業が止んでから、保存。これにて縱書き對策終了。

バグの手直し

ここまで自働スクリプトによって大體出來上がったのだが、なほ瑕釁を殘す。手動で直す。五件七グリフ(と、おまけ)を、下記の要領で――(これも自働化できるのかしれぬが初心者の俄勉強にて能くする所にあらず、熟練者に期待すべし)。

波ダッシュ「〜」

波ダッシュ「〜」(ShiftJIS 8160)にはUnicode301CWave Dash)が對應すべき筈(cf.矢野啓介「波ダッシュはチルダではない」、安岡孝一「WAVE DASH問題縁起」。しかるに、uniFF5Ecid665/Fullwidth Tilde)が對應してをり、これがCID置換の實行以降、グリフ無しの空白となる。uni301CからuniFF5Eへとコピーして貼りつけてやる(Ctrl+A → Ctrl+C →→ Ctrl+V)。

なほ、シフトJISとユニコードとの相互對應に就ては、増補改訂 JIS漢字字典』を引き、矢野啓介「JIS漢字とUCS (Unicode)の文字の対応・変換について」、川俣晶「シフトJISからUnicodeへの変換テーブルの相違」及び「XML日本語プロファイル 解説」を參照した。

全角マイナス記號「−」

全角マイナス記號「−」(sjis817c)にはuni2212Minus Sign)が對應すべき筈なるに、uniFF0Dcid693/Fullwidth Hyphen-Minus)が對應してそのグリフが空白だ。これもコピーしてやる。なほ、矢野啓介「横線を使いこなす」參照。

雙柱「‖」

sjis8161「‖」は雙柱(uni2016=cid666)が對應すべきに、數式用の平行記號(uni2225=cid15489/sjis81D2、縱書き字形無し)を割りつけたる實裝のフォント多し。平行(Parallel To)は右に傾いだ形でデザインされるやうで、例へば新「MS明朝」msmin04.ttcWindows Vista以降附屬、Version5.0)では、雙柱(Double Vertical Line)が鉛直線二本だった舊と變って、斜線で表示される。モリサワ製フォントの場合、「A-OTF リュウミン Pro R-KL」での垂直が、Adobe-Japan1-5仕樣の「A-OTF リュウミン Pr5 R-KL」になると斜めに改められた(cf.「モリサワOpenTypeフォント AdobeJapan1-4(Pro)からAdobeJapan1-5(Pr5)への変更に伴う字形相違の資料」。大日本スクリーン製「ヒラギノ明朝 Pro」も右斜め。JIS X 0213:2004準據だとさうなるのか。でも不都合だから直してしまはう。

まづsjis8161=uni2225の横書き字形をTTEditで表示し、[文字情報]を開き、[横書き]タブで文字幅が設定値733であるのを文字高さと同値の1024となるやう、レフトサイドベアリングならびにライトサイドベアリングを共に51から196まで増す。次いでグリフを消去(Ctrl+A → Delete)。その上で.otfの「小塚明朝 ProVI-R」をOTEditで開き、cid666uni2016の横書き相當)よりグリフをコピー→TTEditにて貼附けペースト、でよし。

またsjis8161につき縱書き字形は規格書に例示無けれど(cf.「JIS X 0213:2000 附属書4 表2 記述記号」、雙柱(uni2016)には縱書きグリフ(水平線二本)をも具備せるフォント少なからず。されば上に同じく、OTF「小塚明朝Pro-VI R」のcid7895uni2016の縱書き)よりコピーして補ふ。

三點リーダー「…」の横書きグリフの位置

FontForgeでのTTF出力時に、三點リーダー「…」(sjis8163/uni2026)の横書きグリフが、なぜか位置が下がって、横中心線上でなくベースライン上(...)に來てしまふ。歐文プロポーショナルのEllipsisといふ奴だ(cid124)。グリフを削除して、OTFのcid668からコピー&ペースト。ちなみに二點リーダー「‥」は問題無し。

ダブル・クォーテーション・マークの縱書きグリフ

TTEdit一括コピー時に、なぜか左右ダブル・クォーテーション・マーク「“”」(sjis8167/8168 uni201C/201D)の縱書きグリフ二つが勝手に造られる(しかもヘンな位置に)。消去し、ダブル・ミニュート「〝〟」(sjis8780/8781 uni301d/301f=Double Prime Quotation Mark、一名チョンチョン、ノノカギ)の縱書き形からコピーしてきて貼附けするとよい。

これらにシングル・クォーテーション・マーク「‘’」を加へた三種における縱書き字形の實裝の混亂に就ては、自作フォント配布サイト『Y.Oz Vox』が纏めてゐるので、その「引用符のグリフ」及び「引用符Sample」參照のこと。ただ、後者サンプル畫像で「小塚明朝 Pro L」のシングル・クォーテーション・マークとダブル・クォーテーション・マークとに縱書き字形が示されてゐるけれども、當方の環境では横書き字形しか出ないので不審である。就中シングル引用符に錯綜あることは、はあどわあく「クォーテーションマークのまとめ」『なんでやねんDTP』2007-09-28追記)にも見られる。ついでに個人的な趣味でいへば、リュウミンの縱用チョンチョンはやや横に寢かせすぎ、その點ではヒラギノ明朝やイワタ明朝オールド(IWA明朝オールドPlus?)が好もしいし、IPA明朝造形デザインも惡くない。

漢字の例――

おまけ、漢字の修正も一例をば。「」字(sjis8AB0/uni5BDB)は、正字「」(uni5BEC)でウ冠のなかの見に點を打つのはいいとして、艸冠樣の部分は異體あり、羊頭「」(卜を左右反轉させて對にし、横畫を貫かせない)に作る。『明朝体活字字形一覧』を引き照らすに、道光版康熙字典・築地五號二種・諸橋大漢和修訂版等がこの形を取る。しかしAdobe-Japan1でもこの異字形は用意してない。これを補はうには、既に字形は近似したcid20302のものに置換してあるので、ちょっと變形してやればよい(圖1・TTEdit修正前圖2・修正後の寛)。字源に鑑みれば、同じく蔑・薨・夢・儚・獲・敬なども改刻候補ではあるも……。他、訂したき字あらば以下同樣、右に倣ふ。

改名及びディセンダー對策

一括コピーしたままでは書體名未設定なので、適當に命名する。TTEditなら、[設定]→[フォント情報]で[書体名]→[詳細]から書き込む。次に示すは、一例。

日本語用 英語用
ファミリーネーム TTF正字體小塚明朝Pro-VIb R TQKozuka Mincho Pro-VIb R
サブファミリーネーム Regular Regular
フォント識別文字 6.010;ADBE;TQKozMinProVIb-Regular 6.010;ADBE;TQKozMinProVIb-Regular
フルフォントネーム TTF正字體小塚明朝Pro-VIb R TQKozMinProVIb-Regular
PostScriptネーム TQKozMinProVIb-Regular
著作権 Copyright c 1997-2006 Adobe Systems Incorporated. All Rights Reserved. Copyright c 1997-2006 Adobe Systems Incorporated. All Rights Reserved.
商標 Kozuka Mincho is either a registered trademark or trademark of Adobe Systems Incorporated in the United States and/or other countries. Kozuka Mincho is either a registered trademark or trademark of Adobe Systems Incorporated in the United States and/or other countries.
バージョン Version 6.010;PS 6.006;hotconv 1.0.41;makeotf.lib2.0.13380

フォント名を編輯するためには特にttfname3といふフリーウェアがあるので(二〇〇七年一杯で配布元消滅)、ダウンロードして作業フォルダーに解凍する。その改名の例はTQKozMinProVIb-Regular.xmlに示した。このXMLファイルと對應するフォントファイルTQKozMinProVIb-Regular.ttfとを、二つ一緒にttfname3.exeにドラッグ&ドロップすると、書體名を變更したフォント“TQKozMinProVIb-Regular_mod.ttf”が生成される。これを、使用フォントとする。

ttfname3'name'テーブル書き換へ以外にもアセンダーやディセンダーの設定變更ができ、寧ろそれが、重要。なぜならTTEdit一括コピー後、[gjpqy]などディセンダー(ベースラインより下に出た部分)を有する英字では下端が切れて消えた状態で表示されてしまふ缺陷があるからだ。對處するにはディセント値を修正せねばならず、それにはTTEditだけでは間に合はずttfname3が要る。

元のOTFでは、OTEditで[フォント情報]→[メトリクス]→[詳細]と開けば判る通り、アセント・ディセント(OTF標準は880/-120)に別に「Windows用」といふ値が設定されてゐる。先のTTEditでの一括コピー時に、「コピー先フォントメトリクス」の項で「コピー元と同じアセント・ディセント」にチェックした儘だと901/-123、チェックを外すと880/-144で、コピーされるやうだ。と言ってもTTEditでは、このWindows用のアセント/ディセント値を表示する機能が無い。よってttfname3でフォントから書き出ししたXMLファイルをエディターで開いて見ると、始めの方が、

  <Header
    Ascender="901"
    Descender="-123"
    TypoAscender="901"
    TypoDescender="-123"
    WinAscender="901"
    WinDescender="123"
    AverageCharWidth="516"
    Codepage1="4002009f"
    Codepage2="dfd70000" />

といふ風になってゐ、このWinAscender / WinDescenderが要修正なのである。

何でも、「Windows の Ascent と Descent フィールドは、OpenType の仕様書であまりきちんと定義されていませんFontForge説明書とかで、たとへば他のフォントも參看すると左記の通り、設定値はまちまちだ。

各種フォントにおけるWindows用のアセントとディセント値
書體名 ファイル名 WinAscender WinDescender
小塚明朝 Pro-VI R KozMinProVI-Regular.otf 1317 340
小塚明朝 Pro R KozMinPro-Regular.otf 1075 272
ヒラギノ明朝 Pro W3 ヒラギノ明朝 Pro W3.otf 985 182
A-OTF リュウミン Pr5 R-KL A-OTF-RyuminPr5-Regular.otf 1160 277
MS 明朝 msmin.ttc 220 36

XMLファイルでこれらの値に書き換へて生成したフォントを、インストールし試驗してみた。「小塚明朝 Pro-VI R」での數値を入れると、表示・印刷ともディセンダーの缺けは無くなり、一見解決したかに思はれる――が、Adobe Acrobatを使って文書をPDFに出力してみると、半角英字が行の左方(縱組みに歐文混植の場合)に大きくズレてしまって使ひ物にならない。以下、「小塚明朝 Pro」の値では表示はよくPDFが少しズレ、「ヒラギノ明朝 Pro」はちょっとディセンダー底部が消えるがPDFはよし、「リュウミン Pr5」もヒラギノに同じ、「MS 明朝」は論外。引き續き數値をあれこれ加減し、結局のところ、アセントは元の儘にディセント値だけいぢって、

    WinAscender="901"
    WinDescender="290"

に落ち着いた。これで一往、ディセンダーの下邊が見えなくなることも、PDFファイルに變換した時の描畫の亂れも、無くなったと思ふ。ただ全角英字では、縱組み時、ディセンダーのある字だけ下方に寄りすぎて次との字間が詰まる現象があって、これは直らない。まだ不具合あるやうなら各自宜しく調整せられたい。どういふ原理でこの設定値を算出すべきなのか解りかねる。

留意すべきは、一度ttfname3で書き換へしたフォントを更にTTEditで何か編輯して更新保存した場合、そのフォントは、ダブル・クリックすれば「有効なフォントファイルではありませんでした」とエラーが出るし、インストールしようにも「無効であるか、壊れています」と警告されて出來なくなること。これは、更新したフォントを先程用ゐたXMLファイルもろともttfname3.exeにドラッグ&ドロップして再生成すれば、使用可能に直る。ファイル名に附される“_mod”は削ってよい。

ついでながら、XMLファイルより問題の右二行をいっそ取っ拂ってみると、インストール中に「フォントが壊れている可能性があります」との警告が出て矢張り駄目だった。また、TTEdit一括コピー後のフォント・ファイルをFontForgeに讀み込ませて[エレメント]→[フォント情報](→[OS/2]→[メトリック])を見ようとすると、「問題が発生したため」云々とエラー終了してしまふ。何だか劍呑ではある。

使用試驗

バグ補正が濟んで上述のttfname3に吐き出させたフォントをインストールし、諸種のソフトでの表示、印刷、PDF作成(Acrobat以外でも可能)などを試す。何か支障が出たら詳細を記録する。氣づかぬ難點を報告してくれれば歡迎するが、多分解決法は教へられず、寧ろ教はりたい。

 

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注意書き 或いは、前言取消しパリノード

――と、ここまで電子フォント改鑄の段取りを書き留めてきたわけだが、以上は空文、實施に至るまじ。

何となれば。

Adobe Reader「ソフトウェア使用許諾契約書」に曰く、「2.5.1 お客様は本ソフトウェアを修正、改変、翻訳したり、本ソフトウェアの二次的著作物を作成したりすることはできません」と。ここで言ふ「本ソフトウェア」にはフォントも含まれる。また、Adobe Acrobat「使用許諾契約書」にある「14.7 フォント・ソフトウェア」以下の條項は、アドビ社によれば、同梱フォントが「Acrobatでの表示目的で付属されているフォントで」「Acrobatでの使用に限るといった内容」だと解釋されるさうな(NAOI「小塚明朝の'nlck'と'jp04'についてAdobeに聞いてみた『Mac OS Xの文字コード問題に関するメモ 』2007-08-16、參照)。とはいへ、「本ソフトウェアとともにフォント・ソフトウェアを使用し、[……]出力することができる」(14.7.1)といふ許可の文言で、どう條文解釋したらそれ以外では禁止したといふ利用制限の意味を持たせられるのやら、チト合點がゆかぬが。論理學に言はずや、裏は必ずしも眞ならずと。將又はたまた、契約書の語法ってのは獨特で、日常言語から乖離してをるのか(cf.「「できる」と“may”『この世の眺め ─亀井秀雄のアングル─』2007年10月16日。「14.7.4 お客様は、下記の条件に従って、他の環境で使用するため、フォント・ソフトウェアを別のフォーマットに変換し、インストールすることができます」とあるのだって、取りやうによっては、.otfから.ttfへのフォーマット轉換を認めてくれたとも讀めさうだし(cf.「フォントデータの書き換えの法的問題」『妖精現実フェアリアル』)

固より變造したフォントは非公開、私用の範圍に留めるつもりだったものの……。或人の曰く、「もしAdobe社から訴えられたならば、著作権法第30条第1項・私的複製翻案、第47条の21項・プログラムの著作物の複製翻案を抗弁として主張します。 もし発明特許にかかわる部分があれば、特許法第69条第1項・試験研究のためにする実施もあわせて主張します。 これらは利用許諾契約の内容がどうこう以前の著作権/発明特許権自体の制約のはなしです。――別にまた某者曰く、「しまった。そもそも使用許諾契約なので、使用権、以外のすべての権利は無いんだった。 著作物(フォント)を契約している間、リース、レンタルさせてもらっているって考え方だと思う。著作物の所有権はフォント会社の物。 てことは、著作権法に、プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等って項目があって、 著作物の所有者は私的な複製ができるってなってるんだけど、所有権が無いので意味が無いな。 な、なんだってー(AA略) って気分なんだが。」……さうなのか? 其れ然らむ、あに其れ然らむ乎(『論語』憲問第十四)。解釋はどうなとつけられよう。大事なのは解釋でなく字形を變革することなのに(←フォイエルバッハ・テーゼ風)。

なほまた、TTEditOTEditのヘルプ中「その他」に曰く、「試用期間を経過しても未送金の場合、作成したファイルを使用することは許可されません」と。三十日の試用期間が過ぎたら完全アンインストールして再試用するってのは……駄目か。ケチケチせず購入してあげようやって? もちっと全コード近くまで編輯可能に對應してくれたらなあ。

兎まれ以上、拙文に「余は如何にして或種のフォントを作り得ざりし乎」と副題せる所以、斯くの如し。――言はずもがな乍ら、内村鑑三よりもレーモン・ルーセルの引喩アリュージョンとご承知あるべし。

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▲刊記▼ 【書庫】資料室 > 正字體フォント作成法――或いは、余は如何にして或種のフォントを作り得ざりし乎

發行日 
2007年10月14日 開板/2007年11月26日 改版
發行所 
http://livresque.g1.xrea.com/Data/font01.htm
ジオシティーズ カレッジライフ(舊バークレイ)ライブラリー通り 1959番地
 URL=[http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/Data/font01.htm]
編輯發行人 
森 洋介 © MORI Yôsuke, 2007. [livresque@yahoo.co.jp]
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